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【日本】膨大な数の選択肢を有する一般式の形式で記載された化合物に関して、引用発明の適格性の考え方を判示した知財高裁大合議判決

IPニュース 2018.05.14
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知財高裁 平成30年4月13日判決(平成28年(行ケ)10182号、10184号)

[膨大な数の選択肢を有する一般式の形式で記載された化合物に関して、引用発明としての適格性について争われた事件の審決取消訴訟]

1.事件の概要
被告は、平成4年5月28日(国内優先権主張:平成3年7月1日)を出願日とし、発明の名称を「ピリミジン誘導体」とする発明について特許出願(特願平4-164009号)をし、平成9年5月16日、設定登録がされた。(特許第2648897号。以下、この特許を「本件特許」という。)
これに対して、原告は、平成27年3月31日に本件特許の無効審判請求(無効2015-800095号)をしたところ、特許庁は、平成28年7月5日、特許維持の審決をした。そこで、原告は、知財高裁に審決の取り消しを求めて提訴した。
争点は、訴えの利益の有無、進歩性の有無及びサポート要件違反の有無であるが、以下では、訴えの利益の有無、及び、進歩性の有無についてのみ論じる。また、本件特許について、訂正後の請求項1、2、5、9~12に係る発明について進歩性の有無が争われているが、ここでは、請求項1に記載された発明(本件発明1)について論じる。

2.本件発明と引用発明
(1)本件発明
訂正後の本件特許の請求項1の発明(本件発明1)に係る特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。
【請求項1】
式(I):

(式中、
は低級アルキル;
はハロゲンにより置換されたフェニル;
は低級アルキル;
は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;
Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;
破線は2重結合の有無を、それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。

(2)引用発明
甲1発明(特表平3-501613号公報):

(M=Na)の化合物。

(3)本件発明と引用発明の一致点
「式(I)

(式中、
は低級アルキル;
はハロゲンにより置換されたフェニル;
は低級アルキル;
破線は2重結合の有無を、それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点

(4)本件発明と引用発明の相違点
・Xが、本件発明1では、アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し、甲1発明では、メチル基により置換されたイミノ基である点(相違点①)
・Rが、本件発明1では、水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し、甲1発明では、ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点(相違点②)

3.当事者の主張
(1)訴えの利益について
被告は、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する特許権の存続期間満了後の取消しの訴えについて、「訴えの利益が認められるのは当該特許権の存在による審判請求人の法的不利益が具体的なものとして存在すると評価できる場合のみに限られる」として、原告による訴えの利益は否定される旨主張した。

(2)進歩性の有無について
原告は、相違点①につき、「甲1発明に甲2発明(特開平1-261377公報)を組み合わせること、具体的には、甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(-N(CH)の二つのメチル基(-CH)のうちの一方を甲2発明であるアルキルスルホニル基(-SOR’(R’はアルキル基))に置き換えること、すなわち、甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を「-N(CH)(SOR’)」に置き換えることにより、本件発明1に係る構成を容易に想到することができる」として、本件発明の進歩性は否定される旨主張した。
なお、甲2には、
「一般式

において、「R」として「アルキル」を、「R」として「アリール」を、「R」として「-NR」で、「R」、「R」として「アルキル」、「アルキルスルホニル」を、「X」として「-CH=CH-」を、「A」として



で「R」として「水素」、「R」として「カチオン」を、それぞれ選択肢として含むことが記載され、さらに、「一般式(I)の殊に好ましい化合物」として、「R」として「イソプロピル」を、「R」として「フェニル」で「フッ素」で一置換されたものを、「R」として「-NR」で、「R」、「R」として「メチル」、「メチルスルホニル」を、それぞれ選択肢として含むことも記載され、「R」として「カルシウムカチオン」を、選択肢として含むことも記載されている。

4.知財高裁大合議の判断
(1)訴えの利益について
<平成26年法律第36号による改正前の特許法>
本件審判請求が行われたのは平成27年3月31日であるから、審判請求に関しては同日当時の特許法(平成26年法律第36号による改正前の特許法)が適用される。
平成26年法律第36号による改正前の特許法の下において、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は、特許権消滅後であっても、特許権の存続期間中にされた行為について、何人に対しても、損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり、刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り、失われることはない。
本件において、本件特許権の存続期間は、特許出願の日である平成4年5月28日から25年の経過をもって終了しているが、上記のような特段の事情が存するとは認められないから、本件訴訟の訴えの利益は失われていない。

<平成26年法律第36号による改正後の特許法>
平成26年法律第36号による改正によって、特許無効審判請求をすることができるのは、特許を無効にすることについて私的な利害関係を有する者のみに限定された。
特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り、そのような問題を提起されるおそれのある者は、当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有し、無効審判請求を行う利益(したがって、無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益)を有することは明らかであるから、訴えの利益が消滅したというためには、特許権の存続期間が満了し、かつ、特許権の存続期間中にされた行為について、原告に対し、損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり、刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要である。

(2)進歩性について
<引用発明の適格性>
進歩性の判断に際し、本願発明と対比すべき特許法29条1項各号所定の発明(主引用発明)は、通常、本願発明と技術分野が関連し、当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ、同条1項3号の「刊行物に記載された発明」については、当業者が、出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから、当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。
引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって、刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することはできない。

<本事例へのあてはめ>
本件においては、本件発明と主引用発明との間の相違点は、本件発明の化合物ではアルキルスルホニル基である部分が、主引用発明の化合物ではメチル基である点である(相違点①)。副引用発明が記載されていると主張されている刊行物には、当該部分がアルキルスルホニル基である化合物が記載されているものの、2000万通り以上の選択肢のうちの一つとして記載されているから、当業者が、当該選択肢を選択すべき事情を見いだすことは困難であり、上記刊行物から、上記相違点に対応する技術的思想を抽出し得ると評価することはできない。
したがって、上記刊行物には、上記相違点①に係る構成が記載されているとはいえず、主引用発明に副引用発明を組み合わせることにより、本件発明の相違点に係る構成とすることはできないから、相違点②について検討するまでもなく、本件発明は、引用発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

5.コメント
本判決において、無効審判請求を不成立とした審決の取消しに対する「訴えの利益」について、特許権消滅後の考え方が示された。すなわち、「訴えの利益」が消滅したというためには、「特段の事情」が存することが必要であるとされ、現実的な利益の観点から、「訴えの利益」について比較的広く解釈されている。無効理由を含む特許権の存在は、公益にも反することから、このように「訴えの利益」を広く認めることは合理的であると考えられる。医薬品分野においては、ライフサイクルの長い商品が比較的多いため、特許権消滅後に争いになることが少なくないが、本判決に基づいて「訴えの利益」について判断したうえで、審決取消訴訟を提起することが重要である。
また、本判決において、膨大な数の選択肢を有する一般式の形式で記載された化合物について、引用発明としての適格性の考え方が示された。すなわち、特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、引用発明として認定することはできないとされた。このような考え方は、先行する判例(例えば、知財高判平成21年1月28日判決(平成20年(行ケ)10096号)「回路用接続部材事件」)と整合するものであり、従来の実務から大きく変更するものではないが、今後とも、引用発明としての適格性について慎重な判断が必要である。とくに、「特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情」の解釈が議論になるものと考えられる。また、引用発明としての適格性について予見可能性を高めるには、さらなる判例の蓄積も必要であり、今後の判例の動向に注目したい。

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/zen_28gk10182_10184.pdf

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