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【日本】「アレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤」について、「予測できない顕著な効果」の検討が十分でないとして、知財高裁の判決を破棄差戻した最高裁判決

IPニュース 2020.01.17
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最高裁第三小法廷判決 令和元年8月27日判決(平成30年(行ヒ)第69号)
<原判決:知財高裁平成29年11月21日判決(平成29年(行ケ)第10003号)>

「アレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤」について、「予測できない顕著な効果」の検討が十分でないとして、知財高裁の判決を破棄差戻した最高裁判決

  本件は,被上告人が,ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤に係る特許(特許第3068858号。以下「本件特許」という。)について,その特許権を共有する上告人らを被請求人として特許無効審判を請求したところ,請求は成り立たない旨の審決を受けたため,審決の取消しを求めた事案である。本件特許に係る発明の進歩性の有無に関し,発明が予測できない顕著な効果を有するか否かが争われた。

1.事件の概要
(1)事件の経緯
 本件特許は,発明の名称を「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」とし,平成7年6月6日に米国でした特許出願に基づく優先権を主張して,平成8年5月3日に特許出願されたものであり,平成12年5月19日に設定登録がされた。その後、無効審判の請求がなされ、①第1次審決(容易想到である)、②第1次審決取消判決(訂正審判の請求による差戻し)、③第2次審決(容易想到でない)、④第2次審決取消判決(前訴判決:容易想到である)という手続きを経て、第3次審決(顕著な効果がある)、第3次審決取消判決(原判決:顕著な効果がない)、最高裁判決に至ったものである。

(2)本件特許発明
 特許請求の範囲は、無効審判において複数回の訂正がなされ、最終的な特許請求の範囲は、以下の通りである。なお、第3次審決の無効審判において、請求項1は訂正されていないが、請求項5は訂正(下線部分)されている。

【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所用途可能な、点眼剤として調整された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤。
【請求項5】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所用途可能な、点眼剤として調整された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有し、前記11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸が、(Z)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸であり、(E)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸を実質的に含まない、ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤。

※請求項1に記載の「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸」は、以下、「本件化合物」という。

(3)本件発明の効果
 本件各発明に係る本件化合物のヒスタミン遊離抑制効果は,本件明細書記載の実験において,本件化合物(シス異性体)のヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制率が,30μMから2000μMまでの濃度範囲内において濃度の増加とともに上昇し,1000μMでは66.7%という高いヒスタミン遊離抑制効果を示し,その2倍の濃度である2000μMでも92.6%という高率を維持していたというものであり,これに対して,抗アレルギー薬として知られるクロモグリク酸二ナトリウム及びネドクロミルナトリウムが,2000μMまでの濃度範囲でヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離を有意に阻害することができなかったというものである。

(4)引用発明
 甲第1号証(引用例1)は、「モルモットの実験的アレルギー性結膜炎に対する抗アレルギー薬の影響」(あたらしい眼科 Vol.11 No.4 (1994) 603-605頁)という論文であり、KW-4689(本件化合物のZ体の塩酸塩)がモルモットのアレルギー性結膜炎を抑制したことを報告するものである。
 甲第4号証(引用例2)は、特開昭63-10784号公報であり、新規ジベンズ〔b,e〕オキセピン誘導体及びそれを有効成分として含有する抗アレルギー剤に関する発明が記載され、肥満細胞からのヒスタミンを含む生理活性物質の遊離を抑制することが示されている。

(5)優先日当時の公知刊行物の記載
 引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。
 優先日前に頒布された刊行物には,スギ花粉症患者11例ないし30例に対して,本件化合物以外の化合物について,所定濃度の点眼液の点眼後にスギ抗原液を点眼することによりアレルギー反応を誘発する試験を行い,誘発から5分後及び10分後の涙液中のヒスタミン遊離抑制率を測定した結果,5分後の平均値及び10分後の平均値が,①塩酸プロカテロール点眼液0.0003%では79.0%及び82.5%,同点眼液0.001%では81.6%及び89.5%,同点眼液0.003%では81.7%及び90.7%,②ケトチフェン点眼液0.05%では67.5%及び67.2%,③クロモグリク酸二ナトリウム点眼液2%では73.8%及び67.5%,④ペミロラストカリウム点眼液0.1%では69.6%及び69.0%,同点眼液0.25%では71.8%及び61.3%をそれぞれ記録した旨が開示されていた。

2.審決(第3次審決)
(1)判決の拘束力
 第二次審決に対する審決取消訴訟では、知財高裁は「容易想到性」を認めて、「進歩性なし」と判断した。
 これに対して、第3次審決では、審決取消訴訟における判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)について、「KW-4679(本件化合物のZ体の塩酸塩)を含有する点眼剤を「ヒト結膜肥満細胞安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたとする判断については、前審決を取消した判決の拘束力が生ずるものというべきである」として、「容易想到性」に判決の拘束力を認めた。
 他方、「効果の予測性」については、審決取消訴訟において判断されなかったところ、第3次審決では、「予測できない顕著な効果」を認めて、「進歩性あり」と判断した。

(2)効果の予測性
 第3次審決では、「甲1には、KW-4679(本件化合物のZ体の塩酸塩)がモルモットの結膜からのヒスタミン遊離を抑制しないこと、すなわち、KW-4679(本件化合物のZ体の塩酸塩)は、モルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しないことが記載されている。」としたうえで、「本件訂正明細書の表1には、本件化合物による「ヒト結膜肥満細胞」に対するヒスタミン放出阻害率は、2000μMという高用量(高濃度)に至るまでの用量依存的に上昇し、ヒスタミン創出阻害率の最大値(2000μMで92.6%)は、対照薬物であるクロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムによる最大値(それぞれ、10.6%、28.2%)と比較して著しく高い値であることが示されている。」と認定した。
 こうして、甲1号証には、KW-4679(本件化合物のZ体の塩酸塩)がモルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しないことが記載されているにもかかわらず、本件化合物が「ヒト結膜肥満細胞」に対してこのように非常に高いヒスタミン放出阻害率を有することは、当業者が予測しない格別顕著な効果であると判断した。

3.原判決(第3次審決に対する審決取消訴訟)
(1)判決の拘束力
 原判決では、「特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたとの理由により,容易に発明をすることができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りとしてこれが取り消されて確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ」として、その結果,「審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたとはいえないと認定判断することは許されない」と判示した。
 また、原判決では、「発明の容易想到性については,主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか,当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり,当事者は,第2次審判及びその審決取消訴訟において,特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も,これを否定する事実の主張立証も,行うことができたものである。」としたうえで、「これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後,再び開始された本件審判手続に至って,当事者に,前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から,前訴と同一で訂正されていない本件発明1を,当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは,特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず,訴訟経済に反するもので,行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし,問題があったといわざるを得ない。」と判示した。
 このように、原判決では、判決の拘束力は再度の審判手続にも及ぶため、前訴判決の「進歩性なし」の判断に対して、特許庁における「進歩性あり」との判断は許されないと判示した。

(2)効果の予測性
 原判決では、「引用例1及び引用例2に接した当業者は引用発明1に係る化合物をヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものであるから、本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有すること自体は、当業者にとって予測し難い顕著なものということはできない。」と判示した。
 そのうえで、原判決では、「優先日における技術水準として、本件化合物のほかに、所定濃度の点眼液を点眼することにより70%ないし90%程度の高いヒスタミン遊離抑制率を示す他の化合物が複数存在すること(以下,これらの化合物を「本件他の各化合物」という。)、その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン遊離抑制効果を維持する化合物も存在することが知られていたことなどの諸事情」を考慮して、「本件発明に係る本件化合物を含有するヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が、当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができた範囲を超える顕著なものであるということはできない。」と判示した。
 このように、原判決は、本件発明の効果は当業者において引用発明1及び引用例2記載の発明から容易に想到する本件発明の構成を前提として予測し難い顕著なものであるということはできないと判断した。

4.最高裁判決
(1)効果の予測性
 最高裁は、「本件他の各化合物は、本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの、いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって、引用発明1に係るものではなく、引用例2との関連もうかがわれない。」と認定した。
 また、最高裁は、「引用例1及び引用例2には、本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。」と認定した。
 最高裁は、このような事情を示したうえで、「本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに、当業者が本件発明の効果の程度を予測することができたということ」はできないとし、また、本件発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると、「本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって、本件発明の効果の程度が、本件発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできない」と判示した。

(2)原判決の違法性
 最高裁は、「原判決は、本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということ以外に考慮すべきとする諸事情の具体的な内容を明らかにしておらず、その他、本件他の各化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない。」と判断した。
 その結果、最高裁は、原判決について、「本件発明の効果、取り分けその程度が、予測できない顕著なものであるかについて、優先日当時本件発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点」から十分に検討することなく、「本件化合物を本件発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたこと」を前提として、「本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消した」と判断し、このような原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ないと判示した。

5.コメント
 本判決では、進歩性の要件として、「効果の予測性」の判断について争われ、原判決の判断が否定され、進歩性が認められた。
 最高裁は、「本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていた」ということのみをもって、直ちに顕著な効果を否定することができない旨判示した。
 今後は、最高裁判決に従って、「効果の予測性」を検討する際には、構造を異にする他の化合物が本件化合物と同等の効果を有する場合であっても、「予測できない顕著な効果」が認められる可能性がある点に注意が必要である。具体的には、無効を主張する際には、本件明細書の記載を十分に検討し、他の化合物ではなく、本件化合物の構成を中心として、「顕著な効果」がないことを主張することが重要である。
 なお、進歩性の要件として、「効果の予測性」の判断について予見可能性を高めるには、さらなる判例の蓄積も必要であり、今後の判例の動向に注目したい。
 進歩性の要件について、「容易想到性」と「効果の予測性」に分けて考えた場合、両者を独立の要件と考える「独立要件説」と、非独立の要件と考える「非独立要件説」の2つの学説がある。この点について、原判決では、付記として、「非独立要件説」に近い判断が示されているが、最高裁は、2つの学説について明確な見解を示していない。ただし、最高裁判決では、「容易想到性」を否定しないで「効果の予測性」を否定して進歩性を認めていることから、事実上、「独立要件説」に近い考え方から判断がなされたものと解される。
 今後は、進歩性に関する検討や主張を行う際には、「独立要件説」の考え方を視野に入れた対応も求められる。具体的には、拒絶理由において、容易想到である点が指摘された場合でも、「顕著な効果」を示すことによって進歩性を主張するアプローチが重要である。
 なお、「独立要件説」と「非独立要件説」の考え方についても、さらなる判例の蓄積が必要であり、今後の判例の動向に注目したい。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/888/088888_hanrei.pdf

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