判決:St. Jude Medical, LLC v. Snyders Heart Valve LLC (Oct. 15, 2020)
本件事件は、CAFCが、クレームの最も広範な合理的な解釈(Broadest Reasonable Interpretation, BRI)に関して、明細書の記載を考慮しなければならないとして、PTABの決定を取り消した事案です。
1.概要
CAFCは、クレームのBRI(Broadest Reasonable Interpretation:最も広範な合理的な解釈)に関して、明細書の記載を考慮しなければならないとして、新規性を否定したPTABの決定を取り消した。
2.背景
Snydersは、「人工心臓弁」と称する米国特許6,540,782を有している。
St. Judeは、’782特許について、2件のIPRを請求した。このうちの1件のIPRにおいて、PTABは、先行文献Bessler(米国特許5,885,601)から予見されるとして、一部のクレーム1,2,6,8の新規性を否定する決定をした。
この決定を不服してSnydersがCAFCに控訴した。
3.クレーム1について(下線部は争点となった構成)
上流領域を下流領域から分離する複数の弁尖(cusps)を有する損傷した心臓弁を修復するための人工弁であって、
前記上流領域と前記下流領域との間の位置に挿入される大きさ及び形状とされた柔軟な弾力のあるフレーム・・・と、
前記フレームに取り付けられており、前記複数の縁部アンカーのうち隣り合うアンカーの間の空間を制限する、バンドと、
前記フレームの前記中央部に取り付けられており、前記バンドに隣り合う、柔軟なバルブ要素・・・と
を備え・・・ている。
4.先行文献Besslerについて
損傷した心臓弁を除去した後に、人工心臓弁を組み付けることを開示。
’782特許の明細書は、BesslerをSnyersの発明が解決する問題を提示する先行文献として説明しており、Besslerで開示された手順は「切除、生来の弁の吸引除去、心肺バイパス、および冠動脈ツリーの逆流を含んでいる」ので、あまりにも侵襲的であると述べている。
5.争点
クレーム1には、「複数の弁尖を有する損傷した心臓弁を修復する」と記載されている一方で、「損傷した心臓弁を除去することなく」心臓に人工弁に取り付けるという特徴が直接に記載されておらず、該特徴がクレーム1から読めるか否か。
「損傷した心臓弁を除去した後に人工弁を組み付ける」ことを開示するBesslerから、クレーム1が予見されるか否か。
6.CAFCの判断
Besslerは、’782特許のクレーム1(その従属クレーム2,6,8)を予見しない。
(理由)
(1)クレームの記載について
・クレーム1における、フレームが何らかの態様で「サイズおよび形状とされる」という要件は、フレームが周囲の部材(生来の弁が残っているかどうかに依存)にどのようにフィットするかに焦点を当てるものであり、2つの領域の間の単なる直線的な位置を超える。
・クレーム1における、「損傷した心臓弁を修復する」との記載は、除去への如何なる言及なしに、生来の弁が残っていることを示唆している。また、「複数の弁尖を有する」損傷した心臓弁とのクレームの記載は、クレーム1が損傷した弁およびその弁尖が除去される態様を含むように解釈される場合には余分なものであると思われる。
※Wasica Fin. GmbH v. Cont’l Auto. Sys., Inc. (Fed. Cir. 2017)
無効、無意味、余分なものにする方法で用語を解釈することは、非常に好ましくない。
※Bicon, Inc. v. Straumann Co., (Fed. Cir. 2006)
クレームはクレームの全ての文言に効果を与えることを念頭において解釈される。
(2)明細書の記載について
・明細書は、「フレームは、損傷した心臓弁の、上流領域と下流領域との間の位置にある複数の弁尖Cの間への挿入のためのサイズおよび大きさとされている」と記載している。この記載は、「サイズおよび大きさとされている」が、上流領域および下流領域の間の位置に置き換えることを参照するのみでなく、手を加えられていない生来の弁の弁尖の間にフィットすることをも参照するように、意味していることを示唆している。
・明細書は、該明細書が開示する人工心臓弁は生来の弁を除去することなく挿入され得、これは先行技術に対する改良であることを、強調している。
・明細書は、Besslerが、本件発明が解決する問題を提示するものとして説明している。
・Besslerの欠陥を解消する具体的な説明を含む、明細書の一節は、生来の弁をそのままにしておく一般的な好ましい態様を説明することを超えている。この一節は、「挿入のためのサイズおよび形状とされた」とするクレームの文言を、生来の弁を除去した後の空間にフィットする人工弁を対象とするように、読むことを不合理にしている。
7.実務上の指針
・本件明細書を考慮したBRIにより解釈されるクレームに照らして、拒絶理由等で引用される先行技術が適切であるかどうか検討要。
・明細書を考慮しなくても、クレームの記載のみにより発明の内容を明確に特定することも重要。
8.参考
・CAFC HP:判決文 Case 19-2108 (2020.10.15)