判決:MINERVA SURGICAL, INC. v. HOLOGIC, INC., ET AL.
1.概要
譲渡人禁反言の法理は、「特許権を一旦譲渡した譲渡者は、その後、譲受人に対して、当該特許の無効を主張できない」というものです。アメリカの裁判所は、長年にわたり、この譲渡人禁反言の法理を適用してきました。
しかし、最高裁判所は、譲渡人禁反言の法理の適用には一定の制限が設けられるとして、制限される以下の3つの例を挙げました。
<譲渡人禁反言の適用が制限される3つの例>
[例1]譲渡が、クレームの有効性を保証することが可能となる前に行われる場合(このような状況は、雇用契約において、被雇用者が将来開発する発明に関する特許権を、雇用者に事前に譲渡する場合に生じる。)
[例2]譲渡後に、法改正が行われて、特許が無効になると判断される場合
[例3]譲渡後に、クレームを拡張する補正が行われた場合(このような状況は、発明者が、特許ではなく、特許出願を譲渡した場合に生じ得る。譲渡人は新しい請求項の有効性を保証していないため、禁反言は存在しない。)
2.事件の経緯
1990年代後半、Truckai氏は、「透湿性」のあるアプリケータヘッドを用いて子宮内膜の標的細胞を破壊する、子宮の異常出血を治療する装置を発明し、特許出願しました。その後、Truckai氏は、この出願をNovacept社に譲渡しました。その後、Novacept社はHologic社(本件の被告)に買収され、この出願ポートフォリオも譲渡されました。
別途、Truckai氏は、2008年にMinerva社(本件の原告)を設立し、異常な子宮出血を治療するための改良型デバイスを開発しました。この新しい装置は、「非透湿性」のアプリケータヘッドを使用して子宮内膜の細胞を除去するものでした。
一方、Hologic社は、譲り受けた出願に基づく継続出願を行い、「透湿性」の限定を除いた、一般的なアプリケータヘッドを包含するクレームを追加して、2015年に特許権を取得しました。
その後、Hologic社はMinerva社を特許侵害で訴えました。Minerva社は、新たに追加されたクレームが、「透湿性」のあるアプリケータヘッドについて記載された元の出願明細書に対応しないため、Hologic社の特許は無効であると反論しました。これに対して、Hologic社は、譲渡人禁反言の法理により、Truckai氏およびMinerva社は、特許の有効性を争うことはできないと主張しました。
連邦地裁は、譲渡人禁反言の適用を認め、CAFCも部分的に支持しました。Minerva社は、これを不服として、最高裁判所に判断を求めました。
最高裁判所は、譲渡人禁反言の法理の適用が制限される、上記の3つの例を挙げて、本件が、このうちの1つに当てはまるかどうかを判断する必要があるとして、CAFCの判決を取り消しました。
本件は、控訴裁判所に差し戻されています。
3.最高裁判所の判断
譲渡人禁反言は、公正性(fairness)の原則に基づいています。
譲渡人は、特許を譲渡する際、譲受人に対して、その特許が有効であることを明示的あるいは暗示的に表明しています。そのため、譲渡人が、譲渡後に特許の無効を主張することは、この表明と矛盾する行為であり、特許を譲渡する対価と、特許がカバーする発明を使用する継続的な権利との両方を得て、二重に利益を得ようとする、不公正な行為です。裏を返せば、譲渡人が、特許無効の抗弁と相反する明示的、暗黙的な表明をしていない場合、その無効の主張に矛盾はなく、不公正ではありません。
以上より、最高裁判所は、譲渡人禁反言が適用されるのは、譲渡人の無効性の主張が、特許を譲渡する際に行った明示的または暗示的な表明と矛盾する場合のみであるとして、譲渡人禁反言の適用を制限しました。上記の3つの例は、譲渡人の無効性の主張が、特許を譲渡する際に行った明示的または暗示的な表明と矛盾しない場合を示しています。
4.実務における注意点
最高裁判所が、譲渡人禁反言の適用の制限を認めたことにより、譲渡人は、上記の3つの例のいずれかに該当する場合に、譲渡した特許の有効性を争うことが可能になりました。そのため、譲渡人は、譲渡の際に、将来の補正クレームや改良発明等の有効性を不用意に保証しないように(明示的にも、暗黙的にも)、譲渡範囲を明確化することが必要であると思われます。
5. 参考
米国最高裁HP:MINERVA SURGICAL, INC. v. HOLOGIC, INC., ET AL.最高裁判決文
(津村 祐子)