クレームの排除限定(negative limitaion)の記載要件について、明細書における排除構成の記載不存在のみでは不十分であることを示したCAFC判決を紹介します。
判決:Novartis Pharm. Corp. v. Accord Healthcare, Inc. (2022/06/21)
1.事件の概要
Novartis Pharm. Corp.(原告・被控訴人、以下「Novartis」)は、免疫抑制剤フィンゴリモドを用いて再発環寛解型多発性硬化症を治療する方法に関する米国特許第9,187,405号(以下「’405特許」)を保有している。’405特許の各クレームでは、「直前の負荷用量レジメンが存在しない(absent an immediately preceding loading dose regimen)」として特定の態様を排除する限定がされていた。この限定は、出願手続において先行技術との相違点を明確化するための補正により追加されたものである。しかし’405特許の明細書には「負荷用量レジメン」についての明示的な記載はなく、この排除限定(negative limitation)についての記載要件充足性が重要な争点となった。
2.経緯
HEC Pharm Co., Ltd.およびHEC Pharm USA Inc(共同被告・控訴人、以下「HEC」)がジェネリック版のフィンゴリモドを略式新薬承認申請(ANDA)したところ、Novartisは、HECのANDAが’405特許を侵害しているとして訴訟を提起した。
デラウェア州地方裁判所(以下「地裁」)は、明細書には「負荷用量レジメン」に関する記載が全くない一方、他の投与方法についての記載は有ること、また、明細書に記載された予言的試験においても「負荷用量レジメン」についての記載はないことなどから、本件発明から「負荷用量レジメン」の使用は排除されていると判断し、当該排除限定(negative limitation)は記載要件を充足する旨判断した。
CAFCは1回目の判断において地裁判決を維持する判決をしたものの、再審において、記載不十分を理由に’405特許のクレームは無効であると判断し、自らの判決を取り消し、さらに地裁の判決を破棄した。
3.CAFCの1回目の判断
CAFCは排除限定に関する記載要件について、通常の要件に比して「新しい、または高い基準は存在しない」ことに言及し、明細書には負荷用量またはそれが存在しないことについて記載されていないが、いずれの試験においても負荷用量レジメンの使用を開示していないことから、’405特許における排除限定は黙示的または内在的開示によって裏付けられていると判断し、地裁の判決を維持した。
※裁判官:MOORE, Chief Judge, LINN and O’MALLEY, Circuit Judges
多数意見をO’MALLEY判事、反対意見をMOORE判事が記載
4.CAFCの2回目(再審)の判断
その後CAFCは再審を実施。記載要件を充足するためには、明細書が、出願時においてクレームされた発明を発明者が所有していたことを当業者に合理的に理解させるものでなければならず、そのことは開示中に示されていなければならないと言及した。そして、排除限定が記載要件を充足すると認められるためには、
1) 関連する構成を排除する理由が明細書中に記載されていること
2) その構成を使用することについての不利益が明細書中に明示的に記載されていること
3) その構成と代替の構成が明細書中で区別されていること
などにより、当該構成が開示されていることが必要であると示した。一方で、明細書に記載が存在しない場合であっても、明細書が排除限定を開示しているに等しいと当業者が理解できる場合には記載要件が満たされ得ると指摘しているが、本件はそれに該当しないとしている。
また出願手続においてNovartisは、当該排除限定を加える補正とともに提出した意見書で「1日用量が負荷用量の直後に投与されないことを明確化しただけである」と主張していたが、これに対してCAFCは、「負荷用量に言及することなく1日用量を記載することで負荷用量が必然的に排除されるならば、負荷用量が存在しないとの限定を追加する理由はなかったはずである」との見解も示している。
以上により、CAFCは、’405特許のクレームにおける排除限定は記載要件を充足しないと認定し、自身が2022年1月にした判決を取り消し、明細書に記載のない排除限定を認めた地裁の判決は誤りであるとして地裁判決を破棄した。
※裁判官:MOORE, Chief Judge, LINN and HUGHES, Circuit Judges(1回目の判決から変更あり)
多数意見をMOORE判事、反対意見をLINN判事が記載(1回目の判決で多数意見を書いたO’MALLEY判事は再審時にはCAFCを退官)。
5.所感
先行技術との差別化をするためにはクレームにおいて排除限定を導入することが有効な場面がある。しかし本判決によれば、排除限定を導入するためには、当該排除される構成が明細書に開示されていることが必要となる可能性が高く、明細書にはより充実した記載をすることが望ましいと考えられる。
なお、Novartisは「沈黙は開示ではない」、「明細書での明示的又は本質的開示が必要である」とした判断は誤りであるとしてen banc petitionを請求しており、今後の動向が注目される。
(参考)
CAFC HP:Novartis Pharm. Corp. v. Accord Healthcare, Inc.判決文
(林 康次郎)