1.はじめに
ドイツの実用新案権は、EP特許出願からBranch offして無審査で登録することができ、EP特許とのダブルパテントは問題とならない。また、方法とバイオテクノロジー以外であれば、化学物質、医薬、合金などの材料を含めて特許権とほぼ同様の対象が保護され、Useクレームも認められる。以下のメリット、デメリットに基づいて戦略的に活用すれば、多く日本企業にとって利用価値の高い制度と考えられる。
(メリット)
・ EP特許出願やドイツ国内特許出願からBranch offして実用新案登録出願でき、EP特許やドイツ国内特許とのダブルパテントはないため、特許と同一クレームの実用新案権を取得できる。
・ 無審査で登録され、出願から登録までの期間は数週間~3カ月。
・ サーチや審査が不要であるため、料金が低額。
・ 特許権よりも新規性阻却事由の範囲が狭い。
-公知公用はドイツ国内の行為のみが対象。
-優先日前6月以内の発明者又は出願人による公表や実施は阻却事由に含まれない。
・ 権利行使の前に技術評価書に類する手続きは不要(侵害裁判所において有効性が争われ、権利者は補正クレームに基づく有効性の主張が可能)。
(デメリット)
・ 権利の存続期間は、出願日から10年(優先日からは最大11年)と短い。
・ 明細書のドイツ語翻訳が必須となる。
2.実用新案登録制度の概要
(2-1)ドイツ国内特許出願又はEP特許出願に基づく実用新案登録出願(Branch off)の手続き
(1) ドイツ国内特許出願又はドイツを指定国とするEP特許出願と同一の発明(考案)について実用新案登録出願をすれば、当該特許出願と同一の出願日を主張することができ、当該特許出願のために主張した優先権は実用新案登録出願についても有効である(実用新案法、第5条(1))。
(2) (1)の出願日の主張は、(i)当該特許出願の拒絶又は登録が確定した月の末日から2月以内、(ii)異議申立がされた場合は、異議申立の手続きが終結した月の末日から2月以内、にしなければならない(同、第5条(1))。
(3) (1)の出願日の主張の後、特許庁は、2月以内に特許出願の番号、出願日、当該特許出願の写しを提出するよう通知する(同、第5条(2))。外国語でされた特許出願書類の写しには、実用新案登録出願の出願書類が当該特許出願書類の翻訳文を構成する場合を除き、ドイツ語の翻訳文を添付しなければならない(実用新案規則、第8条)。
(4) 実用新案登録出願は外国語ですることができるが、出願から3ヶ月以内にドイツ語訳を提出しなければならない(同、4a条)
(5) オフィシャルフィーは、出願料(紙:40?、電子:30?)、調査料(調査を希望する場合のみ)が200?、年金が210?(4-6年)、350?(7-8年)、530?(9-10年)。
(6) 実用新案登録の出願から登録までの期間は、数週間から3カ月程度とされている。
(2-2) 実用新案権の保護対象
(1) 以下は、実用新案権の保護対象とはならない(実用新案法、第1条、2条)。
1. 発見,学問上の理論及び数学上の方法
2. 美学的な形態創作
3. 知的活動,遊戯又は営業活動のための計画,ルール及び方法,並びにデータ処理装置のためのプログラム
4. 情報の再現
5. バイオテクノロジー発明(特許法第1a条(2)項)
6. 植物の品種又は動物の種族
7. 方法及びプロセス
(2) Useクレームも実用新案登録が認められる(連邦最高裁、2005年10月5日判決、Case No. X ZB7/03, “Pharmaceutical Utility Model”(“Arzneimittelgebrauchsmuster”))
(2-3)実用新案登録出願の有効性の基準
(1) 実用新案は、新規であって、進歩性を具え、かつ産業上利用できる考案に付与される(実用新案法、第1条)
(2) 新規性阻却事由の範囲は、特許よりも狭い
-公知公用は、ドイツ国内のみ(同、第3条(1))。
-優先日前6月以内の発明者又は出願人による公表や実施は阻却事由に含まれない(同、第3条(1))。
(3) 進歩性のレベルは、特許権と同一である(連邦最高裁”Demonstrationsschrank”事件判決(GRUR 2006, 842))
(4) EP特許出願又はドイツ国内特許出願に基づく特許権との間のダブルパテントは問題とならない。
(2-4)実用新案権の存続期間
実用新案権の存続期間は、出願の翌日から3年間であり、最長10年を限度として2年ずつ延長できる(実用新案法、第23条)。
(2-5)実用新案権の権利行使
(1) 実用新案権に基づいて、差止、損害賠償など特許権と同一の救済を求めることができる(同、第24条~24条e)。
(2) 実用新案権の権利行使に、日本の技術評価書に類する手続きは不要。
(3) 侵害裁判所において、被疑侵害者は実用新案権の有効性を争うことができ、特許権者は必要な場合は補正クレームに基づいて有効性を主張することができる。
3. 実用新案権を戦略的に活用する仮想事例
(仮想事例1) EP出願の審査が進行し、有効性を確保できるクレームの目途が立ったところで実用新案権をBranch offし、侵害者に対して早期に権利行使する。また、EP出願の手続きが終了してから2カ月の間はBranch offができ、複数回のBranch offも可能であるため、侵害製品の構成に応じたクレームを作成して第2次、3次の権利行使をすることも考えられる。
(仮想事例2) 日本国内や米国での公知公用が問題となりそうな出願については、ドイツの実用新案権を取得しておくことで公知公用が問題とならない権利が確保できる。
(仮想事例3) 日本で新規性喪失の例外規定を適用した出願の場合、EP特許出願やドイツ国内特許出願では権利取得が困難であるが、ドイツの実用新案権であれば問題なく権利が取れる。
(弁理士 田村 啓)