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【日本】 特許法29条の2にいう「先願明細書等に記載された発明」の考え方を示して特許庁の審決を支持した知財高裁判決【ゲノム編集技術(その1)】

IPニュース 2020.04.14
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知財高裁 令和2年2月25日判決(平成31年(行ケ)第10010号)

特許法29条の2にいう「先願明細書等に記載された発明」の考え方を示して
特許庁の審決を支持した知財高裁判決【ゲノム編集技術(その1)】

1.事件の概要
 原告ら(ブロード研究所、MIT、ハーバード大学)は、平成28年6月14日、発明の名称を「配列操作のための系、方法および最適化ガイド組成物のエンジニアリング」とする特許出願をした(特願2016-117740。特願2015-547573(優先権主張:平成24年12月12日、米国)の分割。)。
 原告らは、拒絶査定を受けたことから、これに対する不服審判の請求をしたところ、特許庁は、平成30年9月14日、本件審判請求は成り立たないとする審決(以下、「本件審決」という。)をした。これに対して、原告らは、審決を不服として、平成31年1月29日、本件審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した。
 争点は、①引用発明1に基づく特許法29条の2の判断の誤り(取消事由1)、②引用発明2に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由2)である。

2.本願発明
 本件審決が対象とした特許請求の範囲請求項1に記載された発明(以下、「本件発明」という。)は、以下のとおりである。
【請求項1】
 エンジニアリングされた、天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)(CRISPR-Cas)ベクター系であって、
 a)ガイド配列、tracrRNA及びtracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって、前記ガイド配列が、真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズする、第1の調節エレメント、
 b)II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメント、
 c)組換えテンプレート
を含む1つ以上のベクターを含み、
 成分(a)、(b)及び(c)が、前記系の同じ又は異なるベクター上に位置し、前記系が、前記Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現される1つ以上の核局在化シグナル(複数の場合も有り)(NLS(複数の場合も有り))をさらに含み、
それによって、前記ガイド配列が、真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を標的とし、前記Cas9タンパク質が、前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を開裂し、それによって、前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座の配列が、改変される、CRISPR-Casベクター系。

3.本件審決
(1)本件審決の要旨
 本願発明は、①引用例1に記載された発明(以下、「引用発明1」という。)と同一であるから、特許法29条の2に該当し、②引用例2に記載された発明及び本願優先日前の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法29条2項に該当するので、特許を受けることができない。
 なお、以下では、上記①(特許法29条の2の該当性)について解説する。

(2)引用発明の認定
 本件審決では、引用発明1について、以下のとおり認定した。
(i)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのII型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター、
(ⅱ)真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域、ステムループ構造を形成する第二の内部領域、及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター、及び、
(ⅲ)少なくとも1つのドナーポリヌクレオチドを含むベクター、
を含むベクター系であって、前記ガイドRNAが、II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し、そこで該II型Cas9タンパク質が、該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し、該二本鎖の切断が、染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される、ベクター系。

※引用例1
 PCT/US2013/073307号(国際公開第2014/089290号。出願日:2013年12月5日(優先権主張:2012年12月6日)、公開日:2014年6月12日。)

4.原告らの主張(知財高裁)
 原告らは、引用例1は、標的部位の配列の改変がされたことにつき実験データの裏付けがなく、CRISPR-Cas9システムを真核生物用途に適応することができたとする合理的根拠を示していないとして、以下①及び②を主張した。
 ①引用発明1には、本願発明の機能である「ガイドRNAが、II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し、そこで該II型Cas9タンパク質が、該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し、該二本鎖の切断が、染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」ことが含まれていないから、本願発明と引用発明1が実質的に同一であるとはいえない。(原告らの主張①)
 ②引用例1に開示された系は、本願発明の課題を解決することができないものであるから、特許法29条の2の後願排除効を有しているとはいえない。(原告らの主張②)

5.知財高裁の判断
(1)実質的同一性について
 知財高裁は、引用例1の記載を参酌して解釈し、本願発明と対比したうえで、引用例1には、「ガイドRNAが、II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し、そこで該II型Cas9タンパク質が、該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し、該二本鎖の切断が、染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」ことが、形式的な記載だけでなく、実体を伴って記載されていたというべきであり、引用発明1のベクター系も、上記機能を含むものとして開示されていると理解することができると判示した。(原告らの主張①の否定)

(2)特許法29条の2の解釈について
 特許法29条の2にいう先願明細書等に記載された「発明」とは、先願明細書等に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明をいい、記載されているに等しい事項とは、出願時における技術常識を参酌することにより、記載されている事項から導き出せるものをいうものと解される。
 したがって、特に先願明細書等に記載がなくても、先願発明を理解するに当たって、当業者の有する技術常識を参酌して先願の発明を認定することができる一方、抽象的であり、あるいは当業者の有する技術常識を参酌してもなお技術内容の開示が不十分であるような発明は、ここでいう「発明」には該当せず、同条の定める後願を排除する効果を有しない。
 そして、ここで求められる技術内容の開示の程度は、当業者が、先願発明がそこに示されていること及びそれが実施可能であることを理解し得る程度に記載されていれば足りるというべきである。

(3)特許法29条の2の適用について
 知財高裁は、引用例1の記載を参酌して解釈したうえで、引用例1には、当業者が、先願発明がそこに示されていること及びそれが実施可能であることを理解し得る程度の記載があるといえるから、「ガイドRNAが、II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し、そこで該II型Cas9タンパク質が、該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し、該二本鎖の切断が、染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」機能の部分も含めて、後願を排除するに足りる程度の技術が公開されていたものと認めるのが相当であると判示した。(原告らの主張②の否定)

5.コメント
 本事件は、ゲノム編集技術として注目されている特許出願に関する審決取消訴訟である。本判決において、知財高裁は、特許法29条の2にいう「先願明細書等に記載された発明」について解釈を示したうえで、審決を支持して特許性を否定した。
 今後は、特許法29条の2の適用においては、本判決に従って、先願発明の実験データの裏付けが十分か否かの判断として、先願発明に「形式的な記載だけでなく、実体を伴って記載されていたか否か」について慎重に検討することが必要である。また、特許法29条の2で求められる技術内容の開示の程度については、「当業者が、先願発明がそこに示されていること及びそれが実施可能であることを理解し得る程度に記載されていれば足りる」という視点から判断することが必要である。
 審査基準には、「刊行物に記載された発明」について、「刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。刊行物に記載されているに等しい事項とは、刊行物に記載されている事項から本願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項をいう。」と説明され、この規定は、「先願明細書に記載された発明」にも適用されることが説明されている(審査基準 第III部 第3章 拡大先願「4.2 引用発明の認定」)。この点について、本判決において示された「先願明細書に記載された発明」の考え方は、審査基準の考え方に沿ったものであると考えられる。
 特許法29条の2における「引用発明の認定」の判断について予見可能性を高めるには、さらなる判例の蓄積も必要であり、今後の判例の動向に注目したい。
 なお、ゲノム編集技術に関する別の特許出願(特願2016-128599)についても、同日付で審決取消訴訟の判決(知財高判 平成31年(行ケ)第10011号)が示されており、こちらは特許法29条の2(及び、特許法29条2項)により特許性を否定することはできないとして、原告の請求が認容されている。

https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/260/089260_hanrei.pdf

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