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【米国】Thryv最高裁判決概要及びIPR開始決定の考慮事項

IPニュース 2020.09.01
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当事者系レビューの開始決定に密接に関連する問題について最高裁が判断したこと(2020年4月)に鑑みて、当事者系レビューの開始決定に関してPTABが判断した重要なケースを以下にご紹介します。

[A]趣旨

 Thryv最高裁判決では、米国特許法第315条(b)の当事者系レビュー(Inter Partes Review、以下、IPR)申請期限に関する問題は、上訴して争えない旨判示している。これは、315条(b)のIPR申請期限に関する問題は、USPTOによるIPR開始決定に密接に結びつく問題であり、314条(d)ではUSPTOのIPR開始決定に密接に結びつく問題の上訴を禁止しているためである。
 また、米国において、米国特許に基づき侵害訴訟を提起された場合、特許の有効性をIPRで争うことは有用であると言われているが、近年、IPR開始が否定されるケースが増加している。
 したがって、本最高裁判決等、USPTOのIPR開始決定に対する上訴が禁止されていることを考慮すると、
IPR申請準備段階において、IPR開始決定の考慮要素を十分検討しておくことが重要である。
 以下、当該最高裁判決の概要及びIPR開始決定の考慮要素として重要なケースについて記載する。

[B]Thryv最高裁判決[1]の概要

 ポイント:315条(b)に関するIPR申請の適時性について上訴できない

 Thryv事件は、最高裁判所において、IPRの申請(petition)が米国特許法第315条(b)の下で時期的制限により禁じられる否かに関するPTABの決定に対して、314条(d)の規定が適用されるか否か(IPRの開始決定に対する上訴が可能か否か)が争われた事件である。本最高裁判決において、315条(b)に関するIPR申請の適時性について上訴できないことが判示された。

[1]米国特許法314条(d)及び315条(b)の規定(下線は筆者が追記)
 314条(d) 上訴の不能
 本条に基づく当事者系レビューを開始するか否かについての長官による決定は、最終的なものであり、上訴することができない
 315条(b) 特許所有者の訴訟
 当事者系再審査は、手続を請求する申請が、申請人、真の利益当事者又は申請人の利害関係人が特許侵害を主張する訴状を送達された日から1年より後に提出された場合は開始することができない。(以下省略)

[2]考察
 Thryv事件によって、315条(b)に関するIPR申請の適時性については、上訴では再検討されないことが明らかとなった。そのため、IPR申請の適時性について、USPTOでのIPRの早期段階において論じる必要がある。

[C]IPR開始決定の考慮要素

 以下、PTAB Trial Practice Guideに挙げられたケース等、IPR開始決定で重要なケースについて紹介する。

GENERAL PLASTIC INDUSTRIAL CO., LTD., v. CANON KABUSHIKI KAISHA [2] [IPR 2016-01357, IPR 2016-01358, IPR 2016-01359, IPR 2016-01360, IPR 2016-01361]

 ポイント:同一申請人の2回目の申請、後続申請の7要件

[1]概要
 PTAB拡大合議体は、後続のIPR申請(follow-on petitions)を、NVIDIAの7要素を考慮して、米国特許法314条(a)及び米国特許規則42.108(a)の下、PTABが裁量により却下できることを確認した。

[2]背景
 特許権者:キャノン株式会社/IPR申請人:General Plastic Industrial Co., Ltd., General Plasticは、最初のIPRの開始が否定された後、新たな先行文献で後続する5件のIPRを申請したが、PTABは後続する申請に基づくIPRの開始をNVIDIAの7要素を考慮して否定した。

[3]NVIDIAの7要件
(1)同じ特許の同じクレームに向けられた申請を、同じ申請人が以前に提出したかどうか。
(2)最初の申請の提出時に、申請人が、第2の申請において主張された先行技術に心当たりがあったかどうか(間接的に知っていたかどうか)、若しくは知っておくべきであったかどうか。
(3)第2の申請の提出時に、申請人が特許権者の最初の申請に対する予備的応答を既に受け取っていたかどうか、若しくは最初の申請においてレビューを開始するかどうかについての審判部の決定を、受け取っていたかどうか。
(4)申請人が第2の申請において主張された先行技術を聞いて知った時と第2の申請を提出した時との間に経過した時間の長さ。
(5)申請人が、同じ特許の同じクレームに向けられた複数の申請の提出の間に経過した時間に対する十分な説明を提供したかどうか。
(6)審判部の有限のリソース。
(7)長官がレビューの開始を通知した期日以降1年未満での、最終決定を発行する316条(a)(11)による要件。

[4]PTABの判断
(1)NVIDIAの7要件のうち、要件1~6を満たしている。
・要件2,3に関して、General Plasticは、後続の申請の提出遅れについて、何ら説明していない(最初の申請より9月経過)。
・要件4,5に関して、General Plasticは、新たな先行技術のサーチを促す予期しない事情または遅れについて説明していない。申請人は新たな先行技術が見つかったことを説明しているが、最初の申請より前に、合理的な勤勉の行使によって、この新たな先行技術がなぜ見つからなかったかについて説明していない。
・要件6に関して、PTABは、リソースを、後続の申請よりもむしろ最初の申請においてかなり費やした。
(2)General Plasticは、最初の申請においてPTABが指摘した不備を治癒しようとして、後続するIPRの申請でその申立てを修正している。General Plasticの申立ての修正は、特許権者の意外な提案またはPTABの意外な採用の結果ではない。同一クレームに対する一連の攻撃は、特許権者に不公正を課する。
(3)後続する申請に制限がないと、申請人は、決定を指標にしつつ、申請理由がレビューの承認に至るまで、複数の申請において、戦略的に先行技術及び主張を提出することを可能とする。これは、特許権者にとって不公平であり、IPRの不効率な使用である。
(4)申請人は、本件と類似している他の事件において、PTABがIPRの開始を決定したものがあると主張しているが、各事件はそれぞれの事実に基づいて決定され、上述した7要件に関するPTABの検討は事件ごとに異なっている。

[5]考察
・同一特許クレームに対する後続のIPR申請に関して、PTABが実体的に検討することなく、裁量により却下することがあり得ることに留意する必要がある。
・最初のIPR申請に、可能性のある全ての先行文献及び無効の主張をした方がよい。
・後続するIPR申請は、特許権者により予備的応答がなされる前、且つ、PTABによるIPR開始に関する決定がなされる前に提出する方がよい。

Becton Dickinson & Co. v. B. Braun Melsungen AG [3] [IPR 2017-01586]

 ポイント:審査において評価された先行技術の扱い

[1]概要
 Becton Dickinson ケースは、IPRの申請において、審査中に提示された技術と同じかまたは実質的に同じ技術が挙げられた事例である。このようなケースにおいて、PTABは、米国特許法第325条(d)に基づく裁量権(当事者系レビューの審理の開始を拒絶する裁量権)を行使するか否かの評価の際、以下の6要件を考慮する。

 Becton Dickinson ケースでは、審査中に提示された複数の先行文献の組み合わせを変えて(rearrangement)、非自明性を主張したが、この主張は、以下の6要件が考慮された結果、IPRの審理の開始を拒絶するのが妥当であるとされた。なお、Becton Dickinson ケースでは、さらに他の文献(Van Heugten 特許)も提示されており、この文献に基づいて、条件付きでIPRの開始が認められている。

[2]IPR開始決定の考慮要素
(1)「主張されている技術」と「審査において挙げられた先行技術」との類似点及び重要な相違点
(2)「主張されている技術」と「審査において評価された先行技術」とが累積的であるかどうか
(3)「主張されている技術」の審査における評価の程度
(4)「行われている主張」と「すでに検討された主張」との重複の程度(申請人による当該技術への依拠の仕方、または特許権者によるその区別の方法等)
(5)申請人は、主張された先行技術を評価する際に特許庁がどのように誤りを犯したかを、十分に指摘しているか
(6)申請において示された追加の証拠及び事実が、先行技術または主張の再検討をどの程度正当化しているか

 Becton Dickinson ケースでは、各考慮要素について以下の判断がされた:
 (1)新しい組み合わせ“Tauschinski”及び“Woehr”は、審査における組み合わせ“Tauschinski”及び“Rogers”と相違しない、
 (2)本質的に累積的である、
 (3)“Tauschinski”及び“Woehr”は、親出願において非自明性を拒絶する根拠として評価されている、
 (4)両者は実質的に重複している、
 (5)申請人は審査官の誤りを指摘していない、
 (6)専門家による証言を提示し上記新しい組み合わせが容易と主張したが、当業者がこれらを組み合わせる理由と方法について証拠や説得力のある説明がなされていない。

[3]考察
・申請では、審査において挙げられた引例とは異なる引例に基づいて主張することが好ましい。
・審査において挙げられた引例を主要引例として使用する場合には、審査における認定の誤り等、IPRで検討すべき理由があることを説明することが求められる。

 

NHK Spring Co. v. Intri-Plex Techs., Inc. [4] [IPR 2018-00752 Paper 8 (PTAB Sep. 12, 2018)]

 ポイント:Trial dateを考慮

[1]概要
 米国特許法第325条(d)及び第314条(a)に基づき、申請人であるNHK Spring Co.によるIPR申請が却下された。

[2]背景
 IPRの申請人であるNHK Spring Co.と被申請人であるIntri-Plex Technologies, Inc.とが当事者として含まれている特許侵害訴訟が、連邦地裁で継続していた。その一方で、NHK Spring Co.は、315条(b)で規定される1年の期限が切れる直前に、IPRの申請を行った。

[3]結論及び理由
 訴状が送られてから1年以内にIPRの申請を行う必要があるが(米国特許法第315条(b))、訴訟進行程度に鑑みて、当該期間内に申請を行ったとしても、IPRが却下され得る。
 被申請人は、まず、申請人は特許の存在を10年以上前から知っているにもかかわらず、理由の説明もなくIPR申請をこの時期までしなかったのは不当である旨の反論を展開するが、この主張は、説得力にかけるものであった。
 また、被申請人は、連邦地裁の進行状況に鑑みると、IPRを開始することは、極めて非効率である旨の主張を展開し、当該主張は、説得力があるものとして、認められた。検討された訴訟における当該進捗状況は、主に、最終段階に入っていること、申請人が同じ引例を用いて、同じ無効の主張を展開していること、2018年11月1日にエキスパートディスカバリーが終了すること、2019年3月25日に5日間の陪審トライアルが設定されていること、である。
 なお、IPRの申請は、2018年3月7日になされており、すでにクレームコンテンションも終了している。また、仮に、IPRの申請を認めたとしても、その結論は、2019年9月までは出ないことが分かっている。
 被申請人は、上記状況でIPRの開始を認めることは、PTABのリソースを有効活用するものではないと述べており、PTABはこれに同意した(上記状況下でIPRの開始を認めることは、効果的及び効率的な、訴訟の代替えを提供するという、AIAの目的に合致しない)。

[4]考察
 訴状が送られてから1年以内にIPRの申請を行えばよいが、訴訟の進捗状況等に鑑みて、訴訟がかなり進むと予想される場合には、極力早期に、IPRの申請を行うのが好ましい。

 

Apple Inc. v. Fintiv, Inc. [5] [IPR 2020-00019]

 ポイント:並行して進行している裁判に関する考慮事項

[1]概要
 本決定では、PTABが35 U.S.C.第314条(a)に基づき、IPRと並行して進行している裁判がIPR開始判断に影響を与える6つのポイントを説明している。

[2]背景
 特許権者のFintivは、米国特許第8,843,125号(以下「125特許」)の侵害を主張してAppleを提訴した。Appleは、125特許のクレームに異議を唱える申請書を提出し、同じ無効性の異議を含む裁判所において並行して行われている訴訟にもかかわらず、裁判所における公判日が設定されていないため、PTABはIPR開始を拒否する裁量権を行使すべきではないと主張した。しかし、その申請書の提出後、裁判所は、IPRの最終決定が予定されている期限よりも前に公判を行うというスケジューリングを組んだ。

[3]IPR開始決定の考慮要素
 効率性、公平性、メリットに焦点を当て、並行して進行している裁判所の手続を考慮して、IPR開始に関する裁量権を行使するか否かについて、PTABは以下の6つの考慮すべきポイントを提示した。

(1)裁判所が停止を認めたか、また訴訟が提起された場合に停止が認められる可能性があるという証拠が存在するかどうか
 並行している裁判の停止は、IPR開始による非効率性と努力の重複に対する懸念を和らげることができるため、IPR開始を否定する方向に強く不利に働く。また、裁判所が停止を否定したものの、IPRが開始された場合にその判断を再度考慮する場合には、IPR開始を否定する方向に通常不利に働く。逆に、裁判所がそのような申請を検討する意思を示さないまま、停止を拒否した場合、IPR開始を否定する方向に有利な場合がある。

(2)PTABによる決定期限と裁判所の公判日の近さ
 裁判所の公判日が法律で定められているPTABの決定期限よりも前の場合、IPR開始を否定する方向に働く。公判日がPTABの決定期限又はその近く、又はそれより有意に遅い場合、他の要素の影響を受ける。

(3)裁判所及び当事者による並行手続への投資
 PTABは、裁判所及び当事者が並行訴訟手続で既に完了している作業の量及び種類を考慮する。クレーム解釈のような、特許に関する重要な手続きが行われた場合、IPR開始を否定する方向に働く。逆にそのような手続きが行われていない場合、IPR開始の方向に働く。
 PTABは、当事者に対し、申請書の提出時期に関連する事実を説明するよう指示している。申請人が並行訴訟手続でどのクレームが主張されるか知った後すぐ、速やかに申請書を提出した場合、IPR開始の方向に傾く。一方、申請人が速やかに申請を行わなかった場合や、申請の遅れを説明できない場合、IPR開始を否定する方向に働く。

(4)申請書と並行手続で提起された問題の重複
 申請書が並行手続におけるものと同じ又は実質的に同じクレーム、無効理由、主張及び証拠を含む場合、IPR開始を否定する方向に働く。逆に、申請書が地方裁判所で提出されたものとは実質的に異なる無効理由、主張、証拠を含む場合、IPR開始の方向に働く。

(5)並行訴訟の申請人及び被告が同一当事者であるかどうか
 申請人が並行して行われている訴訟手続の被告と無関係であった場合、IPR開始の方向に働く。しかし、申請人が無関係であっても、対象となる特許に関連する他の手続に関して、なぜ同じ問題または実質的に同じ問題を扱うことが他の手続と重複しないのかという理由を説明する必要がある。

(6)PTABの裁量権行使に影響を与えるその他の状況
 IPR開始決定においては、上記5つの要素に加え、申請書が特に強力である等、関連するすべての状況も考慮される。

[4]考察
 IPR開始判断においては、並行して進行している訴訟との関係について上記6つのポイントが考慮されるため、申請書では、上記のポイントについて主張すべき事項があれば漏れなく含めておくべきである。

[注]
[1] 米国最高裁HP:Thryv最高裁判決文
[2] USPTO HP:GENERAL PLASTIC INDUSTRIAL CO., LTD., v. CANON KABUSHIKI KAISHA
[3] USPTO HP:Becton Dickinson & Co. v. B. Braun Melsungen AG
[4] USPTO HP:NHK Spring Co. v. Intri-Plex Techs., Inc.
[5] USPTO HP:Apple Inc. v. Fintiv, Inc.

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