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【日本】特許法におけるサポート要件の判断手法について判示した知財高裁判決

IPニュース 2021.01.25
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知財高裁 令和2年7月2日判決(平成30年(行ケ)第10158号、平成30年(行ケ)第10113号)

1.事件の概要
 特許権者Xは、「ボロン酸化合物製剤」の発明について、平成20年8月1日に特許第4162491号(以下「本件特許」という。)として特許権の設定登録を受けた。請求人Yは、平成28年8月5日、本件特許につき無効審判(無効2016-800096号)を請求した。
 特許権者Xは、無効審判手続の中で、特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正請求をし、特許庁は、平成30年6月25日、審決をした。
 審決では、特許請求の範囲の訂正を認めたうえで、特許第4162491号の請求項17、19、20、44、46に係る発明(物の発明)についての特許を無効とし、請求項21、38~42に係る発明(製法発明)については、請求を不成立とする維持審決が示された。
 これに対して、特許権者Xは、審決のうち特許を無効とした部分(製法発明)の取消しを求めて訴えを提起し、請求人Yは、審決のうち請求を不成立とした部分(物の発明)の取消しを求めて訴えを提起した。
 知財高裁は、審決のうち特許を無効とした部分について、審決を取消し、審決のうち請求を不成立とした部分について、審決を容認した。争点は、サポート要件と進歩性であるが、ここでは、サポート要件について論じる。

2.本件特許発明

<本件化合物発明>
 訂正後の請求項17は、次のとおりである(以下「本件化合物発明」という。)。

【請求項17】
 凍結乾燥粉末の形態のD-マンニトール N-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシン ボロネート。

<本件製法発明>
 訂正後の請求項21は、次のとおりである(以下「本件製法発明」という。)。

【請求項21】
(a)(ⅰ)水,(ⅱ)N-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシン ボロン酸,及び(ⅲ)D-マンニトールを含む混合物を調製すること;及び
(b)混合物を凍結乾燥すること;を含む,
凍結乾燥粉末の形態のD-マンニトール N-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシン ボロネートの調製方法。

3.審決
 審判の審理において、請求人Yは、明細書等の記載及び技術常識などを示して、本件化合物発明、本件製法発明の両方について、サポート要件に違反する旨主張した。
 これに対して、審決では、本件発明の課題を認定したうえで、請求人Yによるサポート要件に違反する旨の主張は、本件化合物発明に関しては理由があり、本件製法発明に関しては理由がないと判断された。
 こうして、審決では、本件化合物発明はサポート要件を満たさないが、本件製法発明は、サポート要件を満たすと判断された。

4.知財高裁の判断

(1)サポート要件の解釈について
 裁判所は、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである」と判示した。
 そして、サポート要件を充足するには、「明細書に接した当業者が、特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り、また、課題の解決についても、当業者において、技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって、厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要である」と判示した。
 このように解釈する理由については、サポート要件は、発明の公開の代償として特許権を与えるという特許制度の本質に由来することから、「明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば、サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり、また、明細書が、先願主義の下での時間的制約もある中で作成されるものであることも考慮すれば、その記載内容が、科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである」と判示した。

(2)事例への適用
 裁判所の審理において、請求人Yは、明細書等の記載及び技術常識などを示して、本件化合物発明、本件製法発明の両方について、サポート要件に違反する旨主張した。
 これに対して、裁判所は、上記(1)に説示したとおり、サポート要件を充足するために厳密な科学的な証明までは不要と解されると判断して、請求人Yによるサポート要件に違反する旨の主張は、本件化合物発明、及び、本件製法発明の両方に関して理由がないと判断した。
 こうして、判決では、本件化合物発明、及び、本件製法発明のいずれの発明についても、サポート要件を満たすことが判示された。

5.コメント
 本判決では、サポート要件の基本的な考え方として、「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比すること」を前提としたうえで、「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」を検討して判断すべきであると判示された。
 この点については、パラメータ発明に関する「偏光フィルムの製造法事件」(知財高裁(大合議)平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号))において、同じ趣旨の考え方が示されており、近時の判例においても、この点を判示するものが多い。また、本判決は、以下に示す審査基準の考え方とも整合している。

特許・実用新案 審査基準「サポート要件についての判断」
 請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであるか否かを調べることによりなされる。請求項に係る発明が、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると判断された場合は、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載されたものとが、実質的に対応しているとはいえず、特許請求の範囲の記載はサポート要件を満たしていないことになる。

 本判決では、サポート要件を充足するには、「明細書に接した当業者が、特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足りる」とし、また、課題の解決については、「当業者において、技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足り、厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要である」と判示されている。
 本判決は、このようにサポート要件の判断手法を具体的に示した点に意義がある。とくに、課題の解決について、「課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りる」及び「厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要」として、過度に厳格な判断を否定して出願人の負担を軽減した点は、今後の実務にとって有意義であると考えられる。
 なお、本判決では、サポート要件の判断手法における「課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度」及び「厳密な科学的な証明に達する程度」とは、具体的のどの程度かについては示されていない。この点は、技術分野によって異なる可能性があり、審査基準においても、サポート要件の審査について、「審査官は、審査対象の発明がどのような特性の技術分野に属するか及びその技術分野にどのような技術常識が存在するのかを検討し、事案ごとに判断すること」と説明されている。
 サポート要件の判断手法について、技術分野の違いを含めて、さらに明確にするためには、判例の蓄積が必要であり、今後の判例の動向に注目することが重要である。

https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/591/089591_hanrei.pdf

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