専門家証言の除外を求めるDaubert申立てについて、先行文献の組み合わせに係る部分の除外要求を却下したデラウェア地裁の判決を紹介します。
判決:Exelixis, Inc. v. MSN Laboratories Private Ltd. and MSN Pharmaceuticals Inc. (2022/4/20)
1.概要
Exelixisの特許に向けられたMSNによるANDA申請に対するハッチワックスマン訴訟において、被告MSNが提出した「無効主張に関する専門家証言」の除外を求めた原告(Exelixis)によるDaubert申立てに対して、デラウェア地裁は「発明者の証言に基づく主張」についての除外を認めた一方で、「先行文献の組み合わせに係る主張」についての除外を認めなかった。
(1)Exelixisの特許に対するMSNによるANDA(略式新薬承認申請)提出
・腎臓がん及び肝臓がんの治療に使用されるCabometyx(登録商標)に係る米国特許8,877,776(’776特許:特許権者Exelixis)に対して、MSNはCabometyx(登録商標)のジェネリックの製造販売を求めるANDAをFDAに提出した。Cabometyx(登録商標)は、’776特許において活性化合物(cabozantinib)の結晶形がクレームされているチロシンキナーゼ阻害剤である。
(2)ハッチ・ワックスマン訴訟
原告:Exelixis, Inc.(特許権者)
被告:MSN Laboratories Private Ltd. and MSN Pharmaceuticals Inc.(ANDA提出者)
・MSNによるANDAに対して、ExelixisはMSNをデラウェア地裁に提訴した。
・MSNは、’776特許についての自明性に係るLepore博士の専門家証言を提出した。
・Exelixisは、Lepore博士の専門家証言の除外を求めるDaubert申立てを提出した。
・デラウェア地裁は、Daubert申立てに関して、Lepore博士の専門家証言のうち先行文献の組み合わせに係る部分についての除外要求を却下した。
2.専門家証言に関するDaubert最高裁判決及び連邦証拠規則
(1)Daubert判決について
Daubert v. Merrell Dow Pharms Inc. (最高裁,1993)
「科学的な」専門家証人の証言が証拠として認められるのは、当該証言が争点に関連性(relevant)がありかつ信頼性(reliable)がある場合に限られる。
(2)連邦証拠規則702条 ※Daubert判決を受けて2000年に改正
知識、技能、経験、訓練又は教育により専門家としての適格性を有する証人は、
(a)専門家の科学的、技術的、又は他の専門知識が、証拠を理解し且つ焦点となる事実を判断するように陪審を助け;
(b)証言が十分な事実又はデータに基づいており;
(c)証言が信頼性のある原則及び方法の産物であり;
(d)専門家が事案の事実に対して原則及び方法を信頼できる形で適用している場合、
意見若しくは他の形で証言できる。
(3)Daubert申立てについて
相手方の専門家証言に証拠適格性がないと考えられる場合、当該専門家証言の排除を求める申し立て。
3.Lepore博士の専門家証言
cabozantinibは、リード化合物として先行技術文献Kirinを考慮して、3つのカテゴリの特定の先行技術文献の1つ以上との組み合わせにおいて、自明である。
3つのカテゴリの先行技術は、以下を扱っている。
・様々ながんにおけるc-Metの役割
・リード化合物の選択に関連する先行技術
・リード化合物の改変に関連する先行技術
4.ExelixisによるDaubert申立て
自明性に関するLepore博士の専門家証言は、3つのカテゴリの先行技術に関して、特定の先行技術の組み合わせを特定していないため、欠陥のある方法論を適用している。そのため、Lepore博士の専門家証言への反論を準備する際に何百万もの可能な自明性の組み合わせを検討することを余儀なくされており反論が妨げられている。この不利益を是正するため、Lepore博士の専門家証言を除外することを要求する。
5.地裁の判断
(1)特定の先行技術の組み合わせの特定
・Lepore博士の専門家証言は、リード化合物及びその選択の根拠を特定した後、リード化合物を改変する動機付けに関連したカテゴリの先行技術を取り上げており、CAFCの先例にしたがっている。改変に必要な動機付けは任意の数の情報源から生じ得る。
・Lepore博士の専門家証言に対して、Exelixisの専門家が適切に反論できているので、反論が妨げられておらず、Daubert申立ては正当でない。
・自明性に係る特定の組み合わせを特定しなかったことは、103条の立証責任に帰着するものであり、専門家証言の許容性(admissibility)に帰着しない。
(2)組み合わせの動機付け及び成功の合理的な期待
・Lepore博士の専門家証言は、当業者がより一般的に「先行技術に開示されたもの」を合理的に成功すると期待して組み合わせる動機付けがどのように行われるかという説明によって適切にサポートされている。
(3)発明者の道筋に関する証言
・Daubert申立ては、Lepore博士の専門家証言のうち、原告側証人の内部文書及び証言に基づく部分については認められる。
・Lepore博士の専門家証言は、発明者の内部文書及び証言について議論することによって、発明者の研究と先行技術との間の境界線、及び当業者と発明者との間の境界線を曖昧にしている。発明は、発明者によって描かれる青写真によるものでなく、その当時に存在する技術状態において検討されなければならない。
6.所感
・非自明性に係る専門家証言において、複数のカテゴリからなる先行技術を列挙する場合に、先行技術の具体的な組み合わせを特定しなくてもよいことが判示されたが、その場合でも先行文献を組み合わせる動機付けについての説明は必要と考える。
・除外したい相手方の専門家証言に対して適切に反論すると、反論が妨げられないと認められて、除外が認められない可能性があるので、反論(の程度)について戦略的に検討要。
・地裁レベルの判断であるため、CAFC等での今後の判断に注目したい。
<参考>
米国地方裁判所HP:Exelixis, Inc. v. MSN Laboratories Private Ltd. and MSN Pharmaceuticals Inc.判決文
(川﨑 茂雄)