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【日本】除くクレームにおける新規事項の追加禁止について判示した知財高裁判決

IPニュース 2024.01.15
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知財高裁 令和5年10月5日判決(令和4年(行ケ)第10125号)

1.事件の概要
 原告は,発明の名称を「2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン,2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン,2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」とする発明に係る特許(特許第6585232号。以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は,平成30年5月28日に分割出願がされ(原出願日平成21年5月7日,パリ条約による優先権主張平成20年5月7日・米国),令和元年9月13日に特許権の設定登録がされたものである。
 これに対して,被告は,令和2年9月18日,本件特許(請求項の数7)について,無効審判請求(無効2020-800082号)をした。特許庁は,令和3年10月13日,審決の予告をし,原告は,令和4年1月17日,訂正請求により訂正(本件訂正)を求めたが,特許庁は,同年8月16日,本件訂正は認められないとした上で,「特許第6585232号の請求項1ないし7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(本件審決)をした。原告は,同年12月15日,本件審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した。

2. 発明の要旨
 本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の請求項1から7までの記載は,次のとおりである。
【請求項1】
 HFO-1234yfと,HFC-254ebと,HFC-245cbと,を含む組成物。
【請求項2】
 冷媒としての請求項1に記載の組成物の使用。
【請求項3】
 空調,冷凍庫,冷蔵庫,ヒートポンプ,水冷器,満液式蒸発冷却器,直接膨張冷却器,遠心分離冷却器,ウォークインクーラー,可動式冷蔵庫,可動式空調ユニットおよびこれらの組み合わせにおける冷媒としての請求項1に記載の組成物の使用。
【請求項4】
 エアロゾル噴霧剤としての請求項1に記載の組成物の使用。
【請求項5】
 発泡剤としての請求項1に記載の組成物の使用。
【請求項6】
 熱を熱源からヒートシンクへ伝える組成物を含む請求項1に記載の組成物を用いる方法。
【請求項7】
 液体から気体まで相転移し戻る組成物を含むサイクルにおいて冷媒として請求項1に記載の組成物を用いる方法。

3.本件訂正の内容
 請求項1の「を含む組成物」の記載を「を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)」に訂正する(訂正事項1)。請求項1の記載を引用する請求項2から7までも同様に訂正する。

4.審決
 本件訂正のような,いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには,「除く」対象が存在すること,すなわち,訂正前の請求項1に係る発明(本件発明1)において,「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか,または,「除く対象」が存在しないとしても,訂正後の請求項1に係る発明(本件訂正発明1)には,「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから,本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される。・・・
 そうすると,本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし,本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない。
 以上のとおり,訂正事項1は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって,新規事項を追加するものに該当し,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の規定に違反する。したがって,本件訂正は認められない。

5.知財高裁の判断
(1) 訂正要件の解釈
 特許請求の範囲等の訂正は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(特許法134条の2第9項,126条5項),これは,出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして,迅速な権利付与を担保するとともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(当初技術的事項)を意味すると解するのが相当であり,訂正が,当初技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

(2) 訂正要件の適合性
 本件明細書等には,HFO-1234yfを調製する過程において,HFC-254eb及びHFC-245cb並びにその余の化合物が含まれる組成物についての記載はあるものの,HCFC-225cbに係る記載はなく,また,本件明細書等の記載から,HFO-1234yfを調製する過程においてHCFC-225cbが副生成物として生じたり,HFO-1234yf又はその原料にHCFC-225cbが不純物として含まれたりするなどして,組成物にHCFC-225cbが含まれることが当業者にとって自明であると認めることはできないから,当業者は,本件明細書等のすべての記載を総合することによっても,本件発明1にHCFC-225cbが含まれるとの技術的事項を導くことはできない。
 そして,本件訂正発明1は「HFO-1234yfと,HFC-254ebと,HFC-245cbと,を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」というものであって,本件訂正によって,本件発明1から,HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が除外されたものであるが,本件訂正により,本件明細書等に記載された本件発明1に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているとはいえないから,本件訂正は,本件明細書等に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものではない。

(3) 被告の主張について
 被告は,本件訂正は,甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず,除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張するが,特許法上,先願発明と同一である部分のみを除外することや,当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして,当初技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから,訂正要件の解釈として,被告が主張するような要件を加重することは相当ではない。

(4) 結論
 本件審決は,本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであることを理由に訂正を認めず,本件発明に係る本件特許を無効としたものであるが,本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないことは前記したとおりである。そうすると,本件審決は特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の訂正要件の解釈を誤ったものとして,取消しを免れない。

6.コメント
 本判決では,訂正要件のうち,新規事項の追加禁止の解釈について,知財高裁の考え方が示された。すなわち,知財高裁は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(当初技術的事項)を意味すると解するのが相当であり,訂正が,当初技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると判示した。この点については,ソルダーレジスト大合議判決(知財高裁平成20年 5月30日判決/平成18年(行ケ)第10563号)においても同様に判示されており,この大合議判決に基づいて,平成22年6月1日に審査基準が改訂されている。
 また,知財高裁は,本件訂正の適合性について,「当業者は,本件明細書等のすべての記載を総合することによっても,本件発明1にHCFC-225cbが含まれるとの技術的事項を導くことはできない」としたうえで,「本件訂正によって,本件発明1から,HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が除外されたものであるが,本件訂正により,本件明細書等に記載された本件発明1に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているとはいえない」として,「本件訂正は,本件明細書等に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものではない」と判示した。
 この点について,ソルダーレジスト事件大合議判決においては,「『除くクレーム』とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない」と判示されている。
 これに対して被告は,ソルダーレジスト大合議判決が,「除くクレーム」によって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」について新規事項の追加に該当しない場合があることを判示したものであり,本件訂正は「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」ではない旨主張した。
 しかし,知財高裁は,「特許法上,先願発明と同一である部分のみを除外することや,当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない」,「当初技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから,訂正要件の解釈として,被告が主張するような要件を加重することは相当ではない」などと判示して,被告の主張は採用されなかった。
 今後は,「除くクレーム」による数値範囲の限定を伴う訂正の適否について,本判決の判示事項を参考にすることが重要である。また,新規事項の追加禁止は,訂正の要件であるが,補正の要件でもあることから,補正の適否についても,同様に,本判決の判示事項を参考にすることが重要であると考えられる。なお,新規事項の追加禁止の要件の解釈については,今後の判例の動向に注目することも重要である。

知財高裁HP:令和4年(行ケ)第10125号判決文

 (加藤 浩)

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