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【日本】治験実施計画書に基づいて医薬組成物の進歩性が争われた知財高裁判決

IPニュース 2025.01.07
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知財高裁 令和6年8月7日判決
(令和5年(行ケ)第10019号)

1.事件の概要
 被告らは、発明の名称を「IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法」とする発明について、平成25年9月4日を国際出願日(パリ条約による優先権主張平成24年9月7日・米国(外8件))とする特許出願について、平成30年6月15日、特許権の設定登録を受けた(特許第6353838号。請求項の数16。本件特許)。
 原告は、令和3年1月15日、本件特許(請求項1~16関係)について特許無効審判請求(無効2021-800003号)をしたところ、被告らは、令和4年4月5日付けで、本件特許の特許請求の範囲を訂正(本件訂正)する旨の訂正請求をした(訂正後の請求項の数16)。
 特許庁は、令和5年1月13日、本件訂正を認めた上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をした。原告は、令和5年2月21日、本件審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した。争点は、進歩性要件、サポート要件、実施可能要件であり、いずれの要件も満たすとした審決を知財高裁は容認した。以下では、争点のうち、進歩性要件のみについて解説する。

2 発明の要旨
 本件特許の特許請求の範囲の記載(本件訂正後のもの)の請求項1の記載は以下のとおりである(下線部は本件訂正によるもの)。なお、請求項2~16は請求項1の従属項である。以下、各請求項記載の発明をまとめて「本件訂正発明」という。
【請求項1】
 患者において中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)を処置する方法に使用するための治療上有効量の抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体またはその抗原結合断片を含む医薬組成物であって、ここで前記患者が局所コルチコステロイドまたは局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないかまたは前記局所処置が勧められない患者である前記医薬組成物。
 (以下、抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体を「本件抗体」といい、請求項1記載の対象患者を「本件患者」という。)

3.甲1について
 甲1(Clinical Trials. Gov archive, History of Changes for Study: NCT 01548404, Study of
REGN668 in Adult Patients With Extrinsic Moderate-5 to-Severe Atopic Dermatitis)は、「REGN668についての、中等度~重度の外因性アトピー性皮膚炎を患っている成人患者における試験」につき、治験依頼者・共同研究者である被告らが、監督当局である米国FDAに提出(最後の更新提出日:2012年〔平成24年〕)4月19日)した臨床試験のプロトコル(試験実施計画書)(情報データベースからの出力文書)である。その治験薬組成物(の一部)であるREGN668は、抗ヒトIL-4R抗体(本件抗体)であり、本件明細書に本件訂正発明の実施例として記載されている「mAb1」と同一物質である(争いがない。)。
 よって、本件訂正発明と甲1に記載された発明は、前者が医薬組成物であるのに対して、後者は治験薬組成物である点において相違する。

4.知財高裁の判断
 ア 技術常識の誤認について
 原告は、本件審決が、アトピー性皮膚炎に関する技術常識として、急性期と慢性期に分けて、慢性期に入るとIL-4などのTh2系サイトカインよりもインターフェロンガンマ、IL-12産生が優勢となると認定したことについて、本件審決の上記認定は技術常識に反すると主張する。しかしながら、文献の記載に鑑みると、アトピー性皮膚炎は、炎症の強い急性期(急性病変)ではTh2細胞が優位になるが、慢性状態(慢性病変)になるとTh1細胞優位となり、炎症部位や病期によって、Th2細胞とTh1細胞間で揺れ動く(Th1/Th2バランスが変化する)という作用機序を有することが本件優先日における技術常識であったと認められる。
 原告は、アトピー性皮膚炎について、急性期及び慢性期の概念自体を否定する主張をするところ、本件審決が認定したアトピー性皮膚炎に関する技術常識中で言及されている「急性期」、「慢性期」とは、病変(皮疹)の「急性病変」、「慢性病変」の趣旨と理解できるものであり、原告の指摘を踏まえても、本件審決における技術常識の認定を誤りと認めることができない。
 イ 容易想到性の判断の誤りについて
 炎症部位や病期によってTh1/Th2バランスが変化し、このバランスのみでアレルギー疾患を理解することは困難であったことが本件特許の優先日当時の技術常識であり、それ以前に、IL-4及びこれを産生するTh2細胞を含む、特定の細胞とサイトカインがアトピー性皮膚炎で果たす役割についての当業者の理解は、標的療法の開発の機会を生み出す(特定の細胞とサイトカインを標的に、候補化合物を探索し得る。)にとどまり、特定の細胞とサイトカインのうちのいずれかを標的とすることによって、アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物(抗体等)の存在を解明するには至っていなかったといえる。
 そうすると、たとえ優先日前に、アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物(抗体等)の標的となり得る抗原である特定の細胞とサイトカイン(Th2/IL-4)が知られていたとしても、他の多くの細胞とサイトカインも作用することが知られている中で、Th2/IL-4の働きを阻害することで、本件患者を含む慢性アトピー性皮膚炎の治療効果を奏するかどうかまで、当業者が認識できたとはいえない。
 また、甲1における試験段階は第Ⅱ相試験であり、第Ⅰ相試験からの移行の成功率や第Ⅱ相試験から第Ⅲ相試験への移行の成功率の低さ、さらには甲1に記載された情報は臨床試験のプロトコル(試験実施計画書)にすぎないことからすると、甲1に記載された治験薬が、試験結果をみるまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するとはいえない。
 よって、本件訂正発明について、当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りは認められない。

5.コメント
 特許出願と薬事申請の関連性の問題として、治験実施計画書が公知になった場合、その医薬組成物の新規性や進歩性が失われる可能性が懸念されている。治験実施計画書には、医薬組成物について十分に開示されているか否かといった「引用文献適格性」の問題もあるが、治験実施計画書の記載に基づいて進歩性が否定された裁判例がある(知財高裁令和2年(行ケ)第10094号)。また、治験実施計画書の「公知性」の問題もあるが、治験の実施前に医療関係者や患者(インフォームドコンセントの場合)がアクセスすることにより公知になる可能性がある。
 本判決では、特許権者自身が提出した第Ⅱ相試験の治験実施計画書に基づいて進歩性の有無が争われた事案であり、有効成分については、本件医薬組成物と臨床薬において相違は無く、医薬用途について進歩性が争われた。その結果、知財高裁は、本件訂正発明が他の文献から導きだされる出願当時の技術常識とは異なる経路の遮断を通した疾患の治療薬であることを根拠として、一般的な第Ⅱ相試験の成功率の低さ、甲1は臨床試験のプロトコル(試験実施計画書)にすぎないこと等も考慮したうえで進歩性を肯定した。技術常識の認識について、原告と被告の主張に違いがあり、この点が主な争点となった事案である。
 今後とも、第Ⅱ相試験の治験実施計画書が公知になった後に特許出願する場合には、出願当時の技術常識とは異なる作用機序であることを立証することは、進歩性を主張するための手法として有効であると考えられる。ただし、本判決では、第Ⅱ相試験の成功率の低さも考慮されていることから、第Ⅱ相試験が成功したことが公表された後に特許出願する場合には、進歩性が肯定されにくくなることが想定される。本判決は、特許出願と臨床試験のタイミングを検討するうえで参考になる。
 なお、出願当初の技術常識と比較して、どの程度、異なる作用機序であれば進歩性が認められるかについては、ケースバイケースであり、今後の判例の動向に注目することが重要である。

知財高裁HP:令和5年(行ケ)第10019号判決文

(加藤 浩)

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