はじめに
本プレゼンテーションでは、国内優先権制度について概略と、注意すべき点について説明する。
1.国内優先権制度とは
特許出願をする際に、わが国に既にした先の出願の発明を含めて包括的な発明として優先権を主張して出願をした場合には、先の出願の発明につき、その特許審査等の基準の日又は時を先の出願の日又は時とするという優先的な取り扱いを認めるものである。
2.国内優先権主張の効果
国内優先権を主張して出願を行った場合、主張の基礎となった「先の出願」の出願当初の明細書等に記載されていた発明については、実体審査の適用が先の出願の時が規準となる。先の出願の出願当初の明細書等に記載されていない発明は、通常通り後の出願の出願日が基準となる。ただし、審査において優先権主張の効果が問題となるのは、先の出願と後の出願の間の公知文献等が拒絶理由に係る場合に限られることはいうまでもない。
3.国内優先権制度の利用類型
国内優先権制度の利用類型としては、先の出願の上位概念を抽出する、先の出願の実施例を補充する、単一性を満たす別発明をまとめて一出願とする、先の出願のサポート要件等を満たすために実験例を追加する、存続期間の実質的延長、等が挙げられる。
4.発明の出願日の判断
原則として、出願日Aの発明A、出願日Bの発明Bがあり、優先権を主張して発明A、B、A+Bの出願Dを出願日Dに行った場合、発明Aは出願日Aが、発明Bは出願日Bが、発明A+Bは出願日Dとなる。ただし、数値限定や、選択肢で記載されている発明の場合は、1個の請求項の中で基準となる日が異なる場合(例えば、10~20℃の範囲は出願日A、20℃~30℃の範囲は出願日Bが基準になる場合)もある。また、例えばA+Bという発明が発明Aの出願当初明細書等から自明の場合は、発明Aの出願日を基準とすることになる。審査基準では、補正として提出された場合に新規事項の追加とならないようなものについては優先権主張が認められるとされている。
ここで、請求項の記載は全く同じでも、実施例を追加したために優先権主張の効果が認められない場合があることに注意が必要である。審査基準によると、実施例を追加し、先の出願の発明を超えるものとなった場合は、優先権主張が認められないということである。ベースとなったのは人工乳首事件(東京高裁平成15年10月8日判決)であり、実施例を追加し、そこに新たな機能、効果を記載したことから、優先権主張が認められなかったものである。
ただし、新たな実施例を追加しても、その実施例で新規に記載された事項が本願発明の課題、効果とされていないものであり、新たな効果も生じない場合は、新規な実施例が追加された場合でも優先権の主張が認められるとの裁判例もある(東京高裁平成17年1月25日判決)。裁判例は、「新規事項の例による」という審査基準とはやや判断基準がずれていると思われるが、要は基礎出願から自明であると認められれば優先権主張の効果が認められるということであろう。
その他、先の出願が実施可能要件を満たさない未完成発明であり、後の出願で完成したような場合は、優先権主張が認められないとの裁判例がある(東京高裁平成5年10月20日判決、平成4年(行ケ)100号)。サポート要件についても同様と考えられる。
5.基礎出願と後の出願の間の公知
基礎出願で発明A、後の出願で発明A+Bを出願し、その間にAが公知になった場合にA+Bが拒絶されるかどうかについて説明する。先の出願日の判断で述べたとおり、A+BがAから自明であれば優先権主張が認められて拒絶されないし、A+BがAから進歩性があるような場合も拒絶されない。しかし、A+Bに新規性があるが進歩性がない場合には、公知となったAにより拒絶されることとなる。
特に、基礎出願をしたことで安心したクライアントが発明を公開してしまい、優先権主張した後の出願がクライアント自身の公開によって拒絶されることが考えられるので、この点はしっかりと説明しておく必要があるといえる。
6.国内優先権制度利用時の注意事項
まず、基礎出願を担保する請求項は必ず残しておくことである。確実に優先権主張が認められる請求項を確保するためである。
実施例を追加した場合は、その実施例に対応するクレームを作成するべきである。仮に権利化されて、無効審判で争うことになった場合、訂正で実施例のみを削除することはできないが、請求項の削除を伴う場合は可能だからである。
また、これは一般的なことであるが、予想される実施形態はあらかじめ明細書に記載しておくことが大事である。
そして、基礎出願を行った場合、優先権主張を考えているのであれば、発明の公開は極力控えるようにするべきである。仮に論文発表が迫っている等の事情がある場合でも、後の出願に影響を与えない範囲での公開を心がけるようクライアントに説明するべきである。
人工乳首事件以降、国内優先権制度の有効性について疑問を示す意見も散見されるが、補正では不可能な包括的な出願ができるという点で非常に有効であることは確かである。基礎出願から、優先権主張した後の出願まで、計画的に制度を利用することが重要であるといえる。
稲井 史生