本件は、拒絶査定不服審判を請求したところ請求不成立の審決を受けた原告が、審決取消訴訟を提起した事例である。争点は、本願発明と引用発明との相違点の判断、及び、相違点に係る構成の容易想到性の判断である。
1.本願発明と引用発明
本願発明は、発明の名称を「化粧用チップ」とする特許出願(特願2010-7777号)であり、請求項1に記載された発明(以下、本願発明)は以下のとおりである。
【請求項1】
塗布部先端の端縁部を直線状又は平面状にしてなる化粧用チップであって,支持具の一端に繊維束ではない多孔性の基材が接着又はアウトサート成形されることにより設けられた化粧用チップ。
【本願発明】
(注)1:塗布部、2:支持具、4:端縁部
これに対して、引用文献(特開平10-155542号公報)に記載された発明(以下、引用発明)は、「アイラインを描くためのアイライナーの芯2であって,アイライナーは,中空の棒状の本体1の両端に,薄い板状の,それぞれ厚みは同じで,幅の異なる芯2を取り付けたアイライナーであり,芯2の先端面6は略平面状であり,芯2の先端面6の一辺は略直線状であり,芯2の素材は,スポンジ状の素材を使用する芯2。」である。
【引用発明】
(注)1:本体、2:芯、3:枠、4:中間層:本体後面側、5:本体正面側
2.審決
審決では、引用発明の「アイラインを描くためのアイライナーの芯」が,文言の意味,形状又は機能からみて本願発明の「化粧用チップ」に相当すると判断し,両者は,「塗布部先端の端縁部を線状又は面状にしてなる化粧用チップ」である点で共通すると認定した。そのうえで、本願発明は、引用発明に基づいて容易に想到することができたものと判断した。
3.裁判所の判断
判決では、引用発明から本願発明の容易想到性を認めた審決を否定した。
本願発明の「化粧用チップ」は,まぶたや二重の幅にアイシャドー等を付するために,化粧料を面状に付着させたり,塗布したり塗り拡げたり,ぼかしてグラデーションを作るなどするための化粧用具の先端部であると共に,これを目の際に使用して線状のアイラインを描くためにも用いることができるものであるのに対し,引用発明の「アイライナーの芯」は,まぶたの生え際(目の際)に線状のアイラインを描くためにのみ使用する化粧用具の先端部であり,本願発明の「化粧用チップ」のように,化粧料をまぶたや二重の幅に面状に塗布したり塗り拡げたりして,アイシャドー等を付するとの機能を備えた用具の先端部ではない点で異なるとした。したがって,化粧用チップとアイライナーの芯とは,一部において用途が共通するとしても,その主たる用途は異なるものであり,これを化粧用具の先端部として同一のものとみることはできないとした。
このように、判決では、審決は、発明の認定に誤りがあり、本願発明と引用発明の共通点の認定に誤りがあるとした。
さらに、判決では、このような判断に基づいて、化粧用チップと異なり線状にアイラインを描くとの機能のみを奏する「アイライナーの芯」の塗布部先端の形状を,まぶたや二重の幅に化粧料を面状に塗布したり,これを塗り拡げるなどしてアイシャドー等を施すとの機能を奏する化粧用チップの塗布部先端の形状として転用し得るものか否かは直ちには明らかではないとした。
こうして、判決では、審決は、本願発明と引用発明の相違点を看過して容易想到性の判断をしたものであり、審決の上記相違点の看過は,審決の容易想到性の判断に実質的な影響を与える誤りであるといわざるを得ず,審決は取消しを免れないとした。
4.所感
本判決では、発明の認定において、「用途」は、「主たる用途」によって判断することとされ、一部の用途が共通していても、「主たる用途」が異なれば、発明として相違点となることが示された。今後は、用途の認定には、それが「主たる用途」か否かについて、一定の注意が必要となる。また、「主たる用途」とそれ以外の用途の境界について、実務面からの検討が必要となろう。
また、判決では、一部の用途が共通でも「主たる用途」が異なることから、引用発明は転用し得るものか否か直ちには明らかではないとされている。このような「動機づけ」の視点からも、「主たる用途」か否かについて、一定の注意が必要である。なお、審査基準には、進歩性の要件における「動機づけ」として、「作用、機能の共通性」などが示されており、これらに共通性があれば、「動機づけ」になり得るとされている。