本件は、拒絶査定不服審判を請求したところ請求不成立の審決を受けた原告が、審決取消訴訟を提起した事例である。争点は、進歩性の判断において、引用発明の認定に誤りがあるか否かという点である。
1.本願発明と引用発明
本願発明は、発明の名称を「デマンドカレンダー」とする特許出願(特願2010-271825号)であり、請求項1に記載された発明(以下、本願発明)は以下のとおりである。
【請求項1】
「一の電気料金請求期間を一枚に収め,かつ同期間の最初の日から最後の日まで日単位で一定区画を占有させ,同じ週の各日の区画は左から右へ横方向に並べ,同じ曜日の各日の区画は上から下へ縦方向に並べて配置されたカレンダーであって,
各日の区画の横軸として,縦方向に眺めた場合に各日の区画にて同じ曜日の同じ時刻の目盛となるように左から右へ向かう時間経過で配置される時刻軸と,
各日の区画の縦軸として,横方向に眺めた場合に同じ週の各日の区画にて同じデマンド値の目盛となるように配置されるデマンド値軸と,
各日の区画にて前記各軸の目盛に従って各デマンド時限のデマンド値を指示するデマンド値指示と,を有し,
各日の区画は,各日の日出時刻と日没時刻を前記時刻軸の目盛に従って指示する日出没時刻指示を有するデマンドカレンダー。」
【本願発明】
(注)【左図】実施形態1のデマンドカレンダー作成装置の機能ブロックの一例を示した図
【右図】デマンド値の情報の一例を示した図
一方、審決が認定した引用例1(特開2008-77345号公報)に記載された引用発明は,次のとおりである。
「処理日を含む過去1ヶ月を指定された表示対象期間として,一画面に表示し,かつ,表示対象期間の最初の日から最後の日まで日単位で一定区画を占有させ,同じ週の各日の区画は左から右へ横方向に並べ,同じ曜日の各日の区画は上から下へ縦方向に並べて配置されたカレンダーであって,
各日の区画の横軸として,縦方向に眺めた場合に各日の区画にて同じ曜日の同じ時刻の目盛となるように左から右へと向かう時間経過で配置される時刻軸と,
各日の区画の縦軸として,横方向に眺めた場合に同じ週の各日の区画にて同じエネルギ消費量の実績値の目盛となるように配置されるエネルギ消費量の実績値の軸と,
各日の区画にて各軸の目盛に従って各デマンド時限のエネルギ消費量の実績値を表示するエネルギ消費量の実績値の棒グラフによる表示と,を有する省エネ支援カレンダー。」
【引用発明】
(注)本発明に係る省エネルギ支援システムの一実施形態の概略的構成を示すブロック図
また、審決が認定した本願発明と引用発明の一致点,相違点は次のとおりである。
<一致点>
「一の期間を一枚に収め,かつ同期間の最初の日から最後の日まで日単位で一定区画を占有させ,同じ週の各日の区画は左から右へ横方向に並べ,同じ曜日の各日の区画は上から下へ縦方向に並べて配置されたカレンダーであって,
各日の区画の横軸として,縦方向に眺めた場合に各日の区画にて同じ曜日の同じ時刻の目盛となるように左から右へと向かう時間経過で配置される時刻軸と,
各日の区画の縦軸として,横方向に眺めた場合に同じ週の各日の区画にて同じデマンド値の目盛となるように配置されるデマンド値軸と,
各日の区画にて前記各軸の目盛に従って各デマンド時限のデマンド値を指示するデマンド値指示と,を有するデマンドカレンダー。」である点。
<相違点>
(1)一の期間が,本願発明では,「一の電気料金請求期間」であるのに対して,引用発
明では,「処理日を含む過去1ヶ月を指定された表示対象期間」である点。
(2)本願発明では,「各日の区画は,各日の日出時刻と日没時刻を時刻軸の目盛に従って指示する日出没時刻指示を有する」のに対して,引用発明では,そのような特定はなされていない点。
2 審決
本願発明は,引用例1(特開2008-77345号公報)に記載の発明、及び、引用例2(国際公開第2009/151078号)に開示された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたとするものである。
3.裁判所の判断
本願発明は,従来技術においては,各日の各デマンド時限のデマンド値を把握しつつ,他の複数の日のデマンド値と比較することが困難であったとの課題を解決するための発明である。本願明細書には,「デマンド時限」とは電力会社などが設定した時間の区切りであって,例えば「0~30分,30~60分」の30分間の単位が考えられるとされ,「デマンド値」とはデマンド時限における平均使用電力を指し,「デマンド値」が,電気料金の基本料金の計算に使用されたり,契約電力の基準とされたりするため,過去所定期間(例えば,過去12カ月)の最大値を更新しないように対策を立てる必要がある旨が記載されている。
他方,引用例1には,「所定の時間」について,電力会社などが設定した時間の区切りであることや,「所定の時間毎のエネルギ消費量の実績値」が,電気料金の基本料金の計算に使用されることや契約電力の基準となることについての記載及び示唆はない。のみならず,引用例1では「一例として,以下では1時間毎のエネルギ消費量を計測可能であるとする」としており,電力会社で通常採用される30分単位のデマンド時限と異なる単位時間を例示していることからすれば,引用発明においては,当該「所定の時間」としてデマンド時限を採用することは示されていないと解するのが相当である。
そうすると,引用発明に,「各日の区画にて各軸の目盛に従って各デマンド時限のエネルギ消費量の実績値を表示するエネルギ消費量の実績値の棒グラフによる表示と,を有する」との構成中の「各デマンド時限のエネルギ消費量の実績値を表示する」との技術事項が記載,開示されているとした審決の認定には,誤りがある。
4.所感
特許法70条2項には、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈することが規定されている。本願発明における「デマンド時限」という用語は、明細書において、30分間の単位の時間の区切りであることが説明されていることから、30分間の時限として解釈すべきところ、引用発明では、1時間毎とされていることから、「デマンド時限」は、引用例1には記載されていないとすべきであろう。
なお、審決における引用発明の認定の誤りは、「進歩性のケーススタディ」(特許庁)の中でも指摘されている。今後とも、特許庁による引用発明の認定の誤りの有無について、出願人側でも十分に確認することが必要であろう。