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【日本】 存続期間が延長された特許権の効力について

IPニュース 2016.07.05
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東京地裁 平成28年3月30日判決(平成27年(ワ)第12414号)

【存続期間が延長された特許権の侵害事件において、延長された特許権の効力について判示された事例】

1.事件の概要
原告である「デビオファーム・インターナショナル・エス・アー」(以下、「デビオファーム」という。)は、発明の名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする特許(以下、「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は、オキサリプラチン(オキサリプラティヌムと同義である。)の製剤である「エルプラット点滴静注液」について、薬事法に基づく医薬品の製造販売の承認に関する処分を理由として、本件特許について特許権の存続期間の延長登録を受けた。
これに対して、被告である「東和薬品株式会社」は、「エルプラット点滴静注液」の後発医薬品(以下、「被告製品」という。)を製造販売した。被告製品は、「エルプラット点滴静注液」に対して、効能・効果及び用法・用量において同一であるが、被告製品には、濃グリセリンが添加されている点で、「エルプラット点滴静注液」と成分が異なっていた。
そこで、原告は、本件特許について、存続期間の延長登録を受けた特許権の効力が被告製品の製造販売に及ぶ旨、主張し、被告製品の生産等の差止めを求めた。

2.本件特許と後発医薬品(被告製品)
本件特許(特許第3547755号)は、「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり、医薬的に許容される期間の貯蔵後、製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり、該水溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」(請求項1)である。
本件特許において、特許権の存続期間の延長登録の理由は、薬事法に基づく医薬品の製造販売の承認に関する処分であり、その対象となった医薬品は、「エルプラット点滴静注液50mg」、「エルプラット点滴静注液100mg」、「エルプラット点滴静注液200mg」(以下、これらを併せて、「エルプラット点滴静注液」という。)である。
これに対して、被告製品は、「エルプラット点滴静注液」の後発医薬品であり、「エルプラット点滴静注液」に対して、効能・効果及び用法・用量において同一であるが、被告製品には、濃グリセリンが添加されている点で、「エルプラット点滴静注液」と成分が異なっていた。

オキサリプラチン
(出典:PMDA website/オキサリプラチンの添付文書より)

3.裁判所の判断
(1)延長された特許権の効力について
裁判所は、存続期間が延長された特許権の効力について、「原則として、政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為、すなわち、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「(当該用途に使用される)物」についての実施行為にのみ及び、特許発明のその余の実施行為には及ばない」とした。しかしながら、研究開発のインセンティブを高める観点から、「侵害訴訟における対象物件が政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の範囲をわずかでも外れれば、存続期間が延長された特許権の効力がもはや及ばないと解するべきではない」とした。
そこで、裁判所は、政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」と相違する点がある対象物件であっても、「その相違が周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないと認められるなど、当該対象物件が当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の均等物ないし実質的に同一と評価される物(以下、「実質同一物」という。)についての実施行為にまで及ぶと解するのが合理的である」と判示した。

(2)医薬品の製造販売の承認に関する政令処分について
本判決では、医薬品医療機器等法(旧薬事法)の規定に基づく医薬品の製造販売の承認は、医薬品の「用途」を特定する事項(用法、用量、効能、効果)について必ず審査されることから、特許法68条の2括弧書きの「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当するとした。こうして、「特許法68条の2の延長された特許権の効力の及ぶ範囲を検討する際には、「当該用途に使用される物」についての特許発明の実施か否かを判断しなければならず、「物」及び「用途」の特定が必要となる」とした。
したがって、裁判所は、医薬品の成分を対象とする特許発明について、「特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は、「物」に係るものとして、「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され、かつ、「用途」に係るものとして、「効能、効果」及び「用法、用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で効力が及ぶ」とした。ただし、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物が含まれることは、前示のとおりである旨、示されている。

(3)均等物又は実質同一物について
裁判所は、特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など、医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合には、「延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多いから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくない」という見解を示した。
他方、特許発明が製剤に関する発明であって、医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明である場合には、「延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分が異なっていれば、生物学的同等性が認められる物であっても、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、単なる周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たるといえず、新たな効果を奏することがあるから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たらないとみるべきときが一定程度存在する」という見解を示した。

(4)本件事件への適用
被告製品は、「エルプラット点滴静注液」に対して、効能・効果及び用法・用量について同一であるが、被告製品には、濃グリセリンが添加されている点で、「エルプラット点滴静注液」と成分が異なっている。
裁判所は、「オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることが、単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たると認めるに足りる証拠はなく、むしろ、オキサリプラチン水溶液に添加したグリセリンによりオキサリプラチンの自然分解を抑制するという点で新たな効果を奏している」とし、「本件発明との関係では、単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるとはいえず、新たな効果を奏するもの」であるとした。
こうして、裁判所は、「被告各製品は、本件各処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」ではなく、その均等物ないし実質同一物に該当するものということもできない」として、「存続期間が延長された本件特許権の効力は、被告による被告各製品の生産等には及ばない」と判示した。

4.コメント
この事件は、存続期間が延長された特許権の侵害事件において、延長された特許権の効力を裁判所が判断した最初のケースである。
本判決において、延長された特許権の効力は、「当該用途に使用される物」の均等物又は実質同一物に及ぶことが示された。また、均等物又は実質同一物として、「周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの」という考え方が示された。
さらに、この判決では、2つの異なる類型が示された。第一の類型は、特許発明の特徴部分が医薬品の有効成分だけである場合であり、第二の類型は、特徴部分が医薬品の成分全体である場合である。判決によれば、均等物又は実質同一物は、第二の類型よりも、第一の類型において広く認められるようである。
ジェネリック企業においては、本判決の判示事項に配慮して、延長された特許権の効力を解釈することが必要であり、延長された特許権の侵害を効果的に回避するべきである。また、この事件の控訴審(知財高裁)における今後の審理の行方にも目を向けることも必要である。
なお、存続期間が延長された特許権の効力について、予見可能性を高めるには、判例の蓄積も必要であり、今後の判例の動向に注目したい。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/838/085838_hanrei.pdf

参考

特許法
特許権の存続期間の延長に関する規定

第67条(特許権の存続期間)
1 特許権の存続期間は、特許出願の日から20年をもつて終了する。

2 特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。

第68条(特許権の効力)
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。

第68条の2(存続期間が延長された場合の特許権の効力)
特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。

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