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【日本】医薬品有効成分の分解生成物による数値限定クレーム要件の充足が否定された事例

IPニュース 2017.01.17
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知財高裁 平成28年12月8日判決(平成28年(ネ)第10031号)
(原審:東京地裁 平成27年(ワ)第12416号)

[医薬品有効成分の分解生成物による数値限定クレーム要件の充足が否定された事例]
-特許発明の「緩衝剤」は有効成分の分解によって溶液中に生成した物質を含みうるか?-

1.事件の概要
被控訴人(原審原告)である「デビオファーム・インターナショナル・エス・アー」は、発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」とする特許(以下、「本件特許」という。)の特許権者である。
被控訴人は、控訴人(原審被告)である「日本化薬株式会社」の製造,販売する製品(被告製品)は本件特許の特許請求の範囲請求項1記載の発明(本件発明)の技術的範囲に属する旨主張して,控訴人に対し,被告製品の生産,譲渡等の差止め及び廃棄を求めた事案である。
原審(東京地裁平成27年(ワ)第12416号)では,被告製品は本件発明の技術的範囲に属するものであり,また,本件特許に無効理由があるとは認められないとして,被控訴人の請求をいずれも認容した。そこで,控訴人が本件控訴を提起した。

2.本件特許と被告製品
(1)本件特許について
本件特許(特許第4430229号)の特許請求の範囲請求項1(訂正後)は、以下のとおりである。
「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
1)緩衝剤の量が,以下の:
(a)5×10-5M~1×10-2M,(b)5×10-5M~5×10-3
(c)5×10-5M~2×10-3M,(d)1×10-4M~2×10-3M,または
(e)1×10-4M~5×10-4
の範囲のモル濃度である,pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
2)緩衝剤の量が,5×10-5M~1×10-4Mの範囲のモル濃度である,組成物。」

(2)被告製品ついて
被告製品は,医薬品として製造販売の承認を受け販売されているオキサリプラチン製剤であり,オキサリプラチン及び水を包含している。また、被告製品中で検出されるシュウ酸のモル濃度は、6.4×10-5~7.0×10-5Mであるが、これらのシュウ酸はいずれも添加されたものではない。また,被告製品のpHの値は,3~4.5の範囲にある。

オキサリプラチン
(出典:PMDA website/オキサリプラチンの添付文書より)

3.争点
本事件では、「被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか」、「本件特許に無効理由があるか」などについて争われたが、以下では、「被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか」について解説する。
具体的には,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」について,(ア)オキサリプラチン溶液に外部から添加されるシュウ酸(添加シュウ酸)に限られるか,(イ)オキサリプラチンの分解によって溶液中に生じるシュウ酸(解離シュウ酸)も含むかというクレーム解釈が争われた。
すなわち,控訴人が,(ア)の解釈に基づき,シュウ酸が添加されていない被告製品は本件発明の技術的範囲に属しない旨主張したのに対し,被控訴人は,(イ)の解釈に基づき,解離シュウ酸を含む被告製品は本件発明の技術的範囲に属する旨主張した。
原判決(東京地裁)では、(イ)の解釈を採用し、被告製品は本件発明の技術的範囲に属するとして、特許侵害を認めていた。

4.裁判所の判断
本判決は,上記(ア)の解釈を採用し,被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないものと判断して,原判決を取り消した。主な理由として,次の点が指摘された。

(1)特許請求の範囲の記載について
本件発明は,①「オキサリプラチン」,②「緩衝剤」(シュウ酸)、及び、③「水」を「包含」する「オキサリプラチン溶液組成物」に係る発明であるから、本件発明においては,上記①ないし③の各要素が,当該組成物を組成するそれぞれ別個の要素として把握され得るものであると理解するのが自然である。
しかるところ,「解離シュウ酸」は,オキサリプラチン水溶液中において,「オキサリプラチン」と「水」が反応し,「オキサリプラチン」が自然に分解することによって必然的に生成されるものであり,「オキサリプラチン」と「水」が混合されなければそもそも存在しないものであるから,このような「解離シュウ酸」をもって,「オキサリプラチン溶液組成物」を組成する,「オキサリプラチン」及び「水」とは別個の要素として把握することは不合理である。

(2)技術常識(用語の語義)
「緩衝剤」の用語中の「剤」とは,一般に,「各種の薬を調合すること。また,その薬。」を意味するものであるから,このような一般的な語義に従えば,「調合」することが想定し難い解離シュウ酸は,「緩衝剤」には当たらない。

(3)明細書の記載について
本件明細書には,「緩衝剤という用語」について,「オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」と定義付ける記載がある。
解離シュウ酸は,水溶液中のオキサリプラチンの一部が分解され,ジアクオDACHプラチンとともに生成されるもの,すなわち,オキサリプラチン水溶液において,オキサリプラチンと水とが反応して自然に生じる平衡状態を構成する要素の一つにすぎないものであるから,このような解離シュウ酸をもって,当該平衡状態に至る反応の中でジアクオDACHプラチン等の生成を防止したり,遅延させたりする作用を果たす物質とみることは不合理である。

※東京地裁平成27年(ワ)第28468号の判決文より

(4)明細書(実施例)の記載について
本件明細書の実施例に関する記載には,外部から緩衝剤を加えるものだけが記載され,これらの実施例に係る成分表には,製造時に加えられたシュウ酸又はシュウ酸ナトリウムの重量とこれに基づくモル濃度のみが記載されていることからすると,本件明細書においては,「緩衝剤」の量(モル濃度)に関し,解離シュウ酸を考慮に入れている形跡は見当たらず,専ら加えられるシュウ酸等の量(モル濃度)のみが問題とされている。

5.コメント
本事件は、特許請求の範囲に記載された「用語」の解釈が争われた事案である。本判決では、特許発明の技術的範囲について、特許請求の範囲の記載に基づいて検討し、さらに、明細書の記載を考慮して「緩衝剤」を解釈した。このような実務は、特許法70条1項及び2項に対応している。
本事件では、「緩衝剤」としての「シュウ酸」の解釈として,外部から「添加されるシュウ酸」に限られるのか,又は、溶液中に生じるシュウ酸(解離シュウ酸)も含まれるのかというクレーム解釈が争われた。その結果、判決において、「緩衝剤」は、「添加されるシュウ酸」に限定して解釈された。本判決によれば、オキサリプラチンの後発薬について、シュウ酸を添加しないことによって本件特許の侵害を回避できる。
本判決により、特許請求の範囲には、発明特定事項として不可欠な構成のみを記載することの重要性が改めて認識させられる。特許審査の段階から、後発医薬品を想定して、必要な権利範囲を的確に確保するように対応することが重要である。
また、明細書についても、特許請求の範囲に記載された「用語」について、必要以上に限定的に解釈される説明は避けるように注意すべきである。また、本事件では、実施例まで踏み込んで「用語」の解釈について審理がなされていることから、今後とも、実施例の記載によって、特許請求の範囲を必要以上に限定されないような配慮が必要である。
本件特許については、現在、特許の有効性の争いとして、無効審判(無効2014-800121;平成27年7月14日)の審決取消訴訟(平成27年(行ケ)第10167号)が継続中である。今回の侵害事件の判決では、特許発明の技術的範囲は、「添加されるシュウ酸」に限定して解釈されたが、審決取消訴訟において、発明の要旨認定として同じ解釈が採用されるのかどうか、審決取消訴訟における審理に注目したい。

http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/325/086325_hanrei.pdf

参考

特許法
<特許発明の技術的範囲の認定>

第70条(特許発明の技術的範囲)

1 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

2 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。

3 前二項の場合においては、願書に添付した要約書の記載を考慮してはならない。

 

 

特許・実用新案 審査基準
<発明の要旨認定>

第Ⅲ部・第2章・第3節
2.請求項に係る発明の認定

・審査官は、請求項に係る発明を、請求項の記載に基づいて認定する。

・この認定において、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に記載されている用語の意義を解釈する。

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