知財高裁 平成29年1月20日判決(平成28年(ネ)10046号)
(一審:東京地裁 平成27年(ワ)第12414号)
[存続期間が延長された特許権の侵害事件において、延長された特許権の効力について争われた事件の控訴審]
1.事件の概要
控訴人(一審原告)である「デビオファーム・インターナショナル・エス・アー」(以下、「デビオファーム」という。)は、発明の名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする特許(以下、「本件特許」という。)の特許権者である。
控訴人は、オキサリプラチン(オキサリプラティヌムと同義である。)の製剤である「エルプラット点滴静注液」について、薬事法に基づく製造販売の承認に関する処分を理由として、本件特許について特許権の存続期間の延長登録を受けた。
これに対して、被控訴人(一審被告)である「東和薬品株式会社」は、「エルプラット点滴静注液」の後発医薬品(以下、「一審被告製品」という。)を製造販売した。一審被告製品は、「エルプラット点滴静注液」に対して、有効成分、効能・効果及び用法・用量において同一であるが、一審被告製品には、濃グリセリンが添加されている点で、「エルプラット点滴静注液」と成分が異なっていた。
そこで、控訴人は、本件特許について、存続期間の延長登録を受けた特許権の効力が一審被告製品の製造販売に及ぶ旨、主張し、一審被告製品の生産等の差止めを求めた事案である。
一審(東京地裁平成27年(ワ)12414号)では、原告の主張が棄却され、非侵害とされたため、原告は、知財高裁に提訴した。
2.本件特許と一審被告製品
本件特許(特許第3547755号)は、「濃度が1ないし5 mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり、医薬的に許容される期間の貯蔵後、製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり、該水溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」(請求項1)である。
本件特許において、特許権の存続期間の延長登録の理由は、薬事法に基づく医薬品の製造販売の承認に関する処分であり、その対象となった医薬品は、「エルプラット点滴静注液50mg」、「エルプラット点滴静注液100mg」、「エルプラット点滴静注液200mg」(以下、これらを併せて、「エルプラット点滴静注液」という。)である。
これに対して、一審被告製品は、「エルプラット点滴静注液」の後発医薬品であり、「エルプラット点滴静注液」に対して、有効成分、効能・効果及び用法・用量において同一であるが、一審被告製品には、濃グリセリンが添加されている点で、「エルプラット点滴静注液」と成分が異なっていた。
3.一審の判断
存続期間が延長された特許権の効力は、医薬品の製造販売の承認(政令処分)で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」のみならず、これと均等物ないし実質同一物にまで及ぶことが示された。
一審被告製品は、医薬品の製造販売の承認(政令処分)で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」ではなく、その均等物ないし実質同一物でもないとして、存続期間が延長された本件特許権の効力は、被告による被告製品の生産等には及ばないと判示した。
4.知財高裁の判断
(1)延長された特許権の効力について(68条の2の解釈)
存続期間が延長された特許権の効力は、医薬品の製造販売の承認(政令処分)で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及ぶことが示された。
(2)実質同一とは
製造販売の承認(政令処分)で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」の中に、対象製品と異なる部分が存する場合であっても、その部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力が及ぶとした。
また、実質同一の判断手法については、製造販売の承認(政令処分)の対象になった「物」(医薬品)と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきであるとした。
(3)実質同一の4つの類型
延長された特許権の効力は、以下①~④の場合には、実質同一なものに含まれるとした。
① 医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分の申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合
② 公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が、政令処分の申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき
③ 政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合
④ 政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合
(4)先発医薬品への依拠性
後発医薬品は、先発医薬品と治療学的に同等であるものとして製造販売が承認されるものであり、そもそも医薬品としての品質において先発医薬品に依拠するものであることは当然であるとした。しかし、これは飽くまで有効成分や治療効果(有効性、安定性を含む。)が原則として同一であるということを意味するにすぎず、特許発明の観点からその成果に依拠するかどうかを問題にしているわけではないとした。
こうして、後発医薬品が先発医薬品に依拠して承認を得ていることから実質同一物に該当するという控訴人の主張を否定した。
(5)その他の観点
<特段の事情について>
存続期間の延長登録の手続において、延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には、実質同一が認められることはないとした。
<均等の考え方について>
延長された特許権の効力として実質同一の範囲を定める場合に、「ボールスプライン事件最判」(最高裁平成10年2月24日)が定める均等の五つの要件を適用ないし類推適用することはできないとした。
(6)結論(被告製品の侵害性)
本件特許の明細書には「他の添加剤を含まない」旨の記載があることから、本件特許発明は、オキサリプラチンと水のみから成り、他の添加剤を含まないものを意味すると判断した。
そして、被告製品は、「濃グリセリン」を含有するものであることから、本件特許発明の技術的範囲に含まれないとし、一審被告製品は非侵害であると判断した。
5.コメント
この事件は、存続期間が延長された特許権の侵害事件において、延長された特許権の効力について、知財高裁が判断を示した最初のケースである。
本判決において、延長された特許権の効力は、医薬品の製造販売の承認(政令処分)で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及ぶことが示された。また、実質同一の考え方については、製造販売の承認(政令処分)で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」の中に、対象製品と異なる部分が存する場合であっても、その部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、実質同一なものに含まれるとした。
後発医薬品メーカーにおいては、本判決の判示事項に基づいて、延長された特許権の効力を解釈することが必要であり、延長された特許権の侵害を効果的に回避するべきである。とくに、本判決には、実質同一の4つの類型が示されており、事案ごとに類型を特定したうえで慎重に検討することが重要である。
先発医薬品メーカーにとっては、延長された特許権の効力の範囲が明確にされたことで、実質同一まで含めた特許戦略を構築することが可能になった。今後とも、特許権の延長登録制度が有効に活用されることが期待される。なお、存続期間が延長された特許権の効力について、予見可能性を高めるには、さらなる判例の蓄積も必要であり、今後の判例の動向に注目したい。
http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/zen_28ne10046.pdf
参考
特許法
特許権の存続期間の延長に関する規定
第67条(特許権の存続期間)
1 特許権の存続期間は、特許出願の日から20年をもつて終了する。
2 特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。
第68条(特許権の効力)
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。
第68条の2(存続期間が延長された場合の特許権の効力)
特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。